ケイのblog

愛媛県の宇和島出身。現在は横浜市で会社勤務。NHK連続ドラマ『エール』裕一(窪田正孝)音(二階堂ふみ)の主人公とその他ドラマ登場人物をモデル、古関裕而と妻金子の史実と時代背景を比較しながら、このブログでもっとドラマが楽しく見られたらいいなと思っています。

NHK朝の連続ドラマ『エール』■音の母、光子(薬師丸ひろ子)の台詞「二人が接吻しているのを見ちゃったの。汽車はもう走りだした。止まりません。…頭はダメって言ってるけど、心はいいって言ってるの。だから私は認める」こんな無茶苦茶な台詞。テレビドラマで観たことはありません。明かにテレビ劇場芝居■面白いです。私が勝手気ままに書いているブログです。でひ読んでみてください。

カテゴリ:エール > 古山裕一 窪田正孝 古関裕而

NHK朝の連続ドラマ『エール』の主人公古関裕而はプロ野球球団の応援歌も作曲している。その代表的な曲が阪神タイガースの歌であろう。1936(昭和11)大阪タイガースの歌として作られ1961(昭和36)球団名変更により阪神タイガースの歌となった。


現存する日本野球機構(NPB12球団の球団歌において最古の楽曲である。


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■阪神タイガースの歌

古関裕而氏は1909年福島市生まれ。福島商業を卒業後、川俣銀行に勤務。1930年、日本コロムビアに作曲家として入社した。


1936年、大阪タイガースが日本コロムビアに球団歌を発注した事から、古関先生がタイガースの球団歌を作成する運びとなった。


当時は阪神タイガースではなく大阪タイガースだった。


コロムビアに入社後すぐに早稲田大学の有名な応援歌「紺碧の空」(1931年)を作曲している。当時の早稲田が強かったために、「紺碧の空」の作曲者として名が売れていたためこせきゆうじ依頼されたようである。


同じコロムビア所属の作詞家・佐藤惣之助が書き下ろした詞に曲をつける形で作曲された。

ちなみにコロムビア時代に古関・佐藤の組み合わせで作った曲は判明しているだけでも27曲を超える。


初版のレコードはコロムビア所属の歌手 中野忠晴が歌った。中野は30曲以上の古関作品のレコーディングに参加している。


大阪タイガースの歌

六甲颪

佐藤惣之助 作詞  古關裕而 作曲 


六甲颪に 颯爽と

蒼天翔ける 日輪の

青春の覇氣 美(うるは)しく

輝く我が名ぞ 大阪タイガース

オウオウオウオウ 大阪タイガース

フレフレフレフレ


鬪志溌剌 起つや今

熱血既に 敵を衝く

獸王の意氣 高らかに

無敵の我等ぞ 大阪タイガース

オウオウオウオウ 大阪タイガース

フレフレフレフレ


鐵腕(鉄腕)強打 幾千度び

鍛へてこゝに 甲子園

勝利に燃ゆる 榮冠は

輝く我等ぞ 大阪タイガース

オウオウオウオウ 大阪タイガース

フレフレフレフレ


球団名こそ大阪タイガースとなっているが88年間歌われ続けている、まごうことなき阪神タイガースの歌である。


古関裕而は偉大る作曲者である。


NHK朝の連続ドラマ『エール』24話はいままでの朝の連続ドラマに比較しても最高に面白くて楽しい内容となっていました。これってドラマの中でも最高の名場面になっているのではないでしょうか。


ちょっと振り返ってみます。



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『エール』の最高の名場面より


音「本気なの、プロポーズ?」


   裕一「本気だ。僕には、君しかいない。音さんは嫌なの?」


   音「結婚しても、歌手の道は諦めないけどいい?」


裕一「もぢろん。一緒にがんばろ。お互いエールを送り合って。もう一度いうよ。結婚してください」


   裕一はうなずく音の肩を抱き寄せキスをした。その様子を光子が影から見てしまった。


   その後、また4人で話し合いが続き、2人の結婚に反対していた光子が裕一に向かっていう。


   光子「二人が接吻しているのを見ちゃったの。汽車はもう走りだした。止まりません。あなたは未来が有望な作曲家かもしれませんけど、まだ1曲しか作っていない、ひよっこよ。でも、あなたに託すの。なんでだと思う?頭はダメって言ってるけど、心はいいって言ってるの。だから私は認める」


接吻と言う言葉


まあ、光子(薬師丸ひろ子)の接吻と言う言葉、強烈だったですね。光子の受けた心の衝撃が観てる方にも伝わるようでショックでした。


また、かっての元祖「セーラー服と機関銃」の清純派女優が発した言葉としてダブルショック。


薬師丸ひろ子もおばさんになったんだなあと時代の経過にスリーショック。


なんだか、この光子が「接吻」と言った場面だけが後からも頭に浮かんで消えません。


ガガガーン


テレビドラマってだから面白い。


接吻とキス


キスを日本語で言うと「接吻」です。現代のキスは普段でも良く耳にしますが、接吻と言う言葉は聞かないですね。


「接吻」と言われてみるとドキドキ感が強いです。


キスを日本語で表現すると

「くちすい」ディープ・キス

「接吻」濃い愛情表現

「口づけ」対象となる人との初めての愛情表現

「チュー」軽い愛情表現

ですか。


また、世界的に見るとキスをする場所によっても意味合いが異なりますますので、さらに複 雑です。


手の甲尊敬のキス

友情のキス

厚意のキス

愛情のキス

瞼の上憧憬のキス

手のひら懇願のキス

腕の首欲望のキス


祐一と音の愛の証が接吻でした。


光子の名セリフ


祐一と音の二人の愛を確信した光子はついにこう言います。


「頭はダメって言ってるけど、心はいいって言ってるの。だから私は認める」


光子の二人の愛を認めた一言でした。


おい、おい、頭はダメだけど心はいいって、これって無茶苦茶じゃないのだろうか。頭がダメならダメでしょう。


普通ならあり得ない話しなんですが、光子が話すと、なんだか説得力がありました。


後から考えると音のお母さんとして音に対する最大限の優しさだったのだなと思いました。


最後に

ドタバタ劇のようだけど、笑いあり、涙だ?あり、名セリフあり、朝からとっても良いドラマを観て楽しい一時が過ごせました。


朝ドラ『エール』よありがとう。





『エール』での裕一と音の文通は、会ったこともない裕一に音がファンレターを出すという一方的な憧れから、次第にハートがたくさん描かれたラブレターに変化しました。


音からの返信がないことに動揺し、裕一が「古山裕子」と偽名を使ってまで送った渾身の手紙では、心なしか文字もいつもより余裕がなくガタガタとした印象になっており、裕一の感情の乱れが表れていました。


そして、祐一が福島から豊橋まで音に逢いに行く。なうんだかドラマティックな展開でした。


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こんなことが実際あるのだろうかと思ったらテレビでよく見かける有名人にも文通から結婚に至った有名人がいました。


そのタレントさんは路線バスの旅によく出ていた漫画家の蛭子能収さんです。


蛭子能収さんの結婚


蛭子さんが当時のことを振り返っておられます。


『東京に来てしばらくして寂しくなって、長崎に手紙を出したんです。長崎でオレがいつも行っていた文房具屋さんがあって、そこに3姉妹がいた。店に行くとそのなかの誰か一人が出てきて対応してくれていたんです。


実は目当ては真ん中の人だったんです。すごくきれいだったんですよ。でもその人の名前を知らなかった。で、真ん中の人に宛てたつもりで手紙を書いたら、一番下の人に届いたらしくて、その人が連絡をくれた。それで文通をするようになって。


で、その人が東京に出てきたんです。会ったときには「ああ、この人だったんだ……」とちょっと思いました(笑)。多少、予測はしていたんですけどね。


で、一緒に住むようになって。それが最初の奥さんです。』


その後、蛭子さんは最初の奥さんを病気で亡くされ、そのご奥さん募集により19歳も若い女性と結婚されました。


文通恋愛より結婚

蛭子さんのように文通より、結婚されたケースは結構あったようですね。


それにしても祐一と音のようにファンレターから文通し結婚したり、蛭子さんのように昔行っていた文房具屋さんの娘さんと文通し結婚したりするケースはほとんどないのではないでしょうか。

朝ドラ「エール」23話は本当に面白かった。テレビの前で腹を抱えてゲラゲラ笑ったものでした。


■23話シーンから

茶の間の4者会談は、裕一が「お嫁に下さい。どうか、お願いします」と突然、音にプロポーズしたことから、波乱に。


 三郎「光子さん、話が違いませんか?あなた、先ほど言いましたよね。娘には別れろといってある。娘も了承していると。どういうことだ?」


 光子「そちらこそ、突然家に押し掛けてきて、住まわせた挙げ句に、いきなり結婚申し込むなんて、どういうつもり?大事な娘をたぶらかして」


 三郎「たぶらかしたのは、そっちだろうが!ファンレターなんか書いてこなきゃ、こんなことになっていないんだ!」


 光子「何言っとんの。あんた、ファンレターにのこのこ返事書く方がどうかしとるわ!(三郎の口を薄皮饅頭でふさぎ)もしかしたら、若い女は音だけだったからじゃなーい?」


まあ、祐一と音の文通恋愛も不思議だし、三郎と光子のこんなやりとりもおかしなやりとりなのだが、こんな話が本当にあったのかなんだか疑問に思えました。


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昭和初期の恋愛事情を調べてみました。


■昔の恋の相談より。

ある女学生が思い余って投稿した記録が残っています。


ふとしたきっかけで異性と文通を始めたものの、手紙がたくさん届くものだから家族から変な目で見られるようになったという。心配になって返事を出さないようにしてみたら、今度は学校内宛で届くように。教師から手渡されるものだから、「先生に知れると不良と認められましょう」と困ってしまい、交際を断りたいと思っている。とはいえ、その異性を恋しくも思っている、という内容だった。


回答

「あなたはすでに堕落の淵に一歩も二歩も入っているのである」と。いやいや、そんな大げさな。そんなわけで、回答者は親や教師に打ち明けて相談することを勧めている。


当時の民法において、男は30歳、女は25歳に達するまで結婚には親の同意が必要でしま。


この年を越えれば、親の同意なしに「自由結婚」ができる。が、まだ10代の女学生が親の知らぬところで男と文通するのは罪とみなさていました。不自由な恋愛。


みんな「自由結婚」を望んでいたのだろうと思いきや、それがそうでもないようです。


若き女性は、恋に落ちた男性と一緒になりたいけれど、親が許してくれない、でも「自由結婚」はいや、なんて相談をしている。親の決めた相手と結婚することが常識であり、そこから外れるのは不道徳なことと考えられていたのでした。


■「エール」23話は実際にあったの?

その当時の社会道徳や男女関係を考えると祐一と音と三郎と光子の4者会談も、あの滑稽極まりないやりとりも、決してなかった話ではないようです。


それにしても、昭和初期の文通恋愛、なんだか現代の恋歌よりも楽しく感じられたのは私だけでしょうか。

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