ケイのblog

愛媛県の宇和島出身。現在は横浜市で会社勤務。NHK連続ドラマ『エール』裕一(窪田正孝)音(二階堂ふみ)の主人公とその他ドラマ登場人物をモデル、古関裕而と妻金子の史実と時代背景を比較しながら、このブログでもっとドラマが楽しく見られたらいいなと思っています。

NHK朝の連続ドラマ『エール』■音の母、光子(薬師丸ひろ子)の台詞「二人が接吻しているのを見ちゃったの。汽車はもう走りだした。止まりません。…頭はダメって言ってるけど、心はいいって言ってるの。だから私は認める」こんな無茶苦茶な台詞。テレビドラマで観たことはありません。明かにテレビ劇場芝居■面白いです。私が勝手気ままに書いているブログです。でひ読んでみてください。

カテゴリ:わろてんか > リリコ

NHK連続ドラマ「わろてんか」では久しぶりに漫才をやったリリコ(広瀬アリス)リリコアンド四郎( 松尾諭 )。


阿久津少佐の許可を取らない漫才を披露。


そのことの監督責任を問われた風太くんは、阿久津少佐から厳しく叱責された直後にもかかわらず、その阿久津少佐に直談判。


次々といろんな展開になりました。


今度は前線に赴く兵隊から恋人に宛てた手紙を預かったリリコは、約束通り手紙を届けに行くが、その兵隊がつい最近戦死したと聞いてショックを受けることになります。


『わろてんか』第133話では、てん(葵わかな)が「わろてんか隊」の帰国に胸をなで下ろす


https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180309-00010007-realsound-ent


全く話しはかわりますが、明治大学に「駿風」と言う広報誌があります。


■ 201481日発行の明治大学の広報誌「駿風」より


「飯塚先生留魂之碑(るこんのひ)」を御存知だろうか。和泉キャンパス西門から壁際に少し南側、学生食堂「和泉の杜」のすぐ西側にそれはある。高さ2メートルほどの石碑だが、樹木に覆われていて気がつく人はほとんどいないし、案内板も立てられていない。


そもそもこの「飯塚先生」とは何者なのかといえば、1935年から37年まで明治大学に「配属将校」として派遣されていた飯塚国五郎陸軍中佐である。


当時は大学でも学生に対する軍事教練が行われていて、飯塚はその教官だった。日中戦争が勃発して、彼は連隊長として出征、38年9月に戦死をとげた。彼を偲んで、明治大学はその年の12月にこの石碑を立てた。


石碑は、知る人ぞ知るものとしてキャンパスの片隅にひっそりと存在しているが、こうした戦争遺跡は、生田キャンパスの登戸研究所関係の遺跡のように、積極的に大学内外に紹介し、そういった歴史があったということを多くの人に知ってもらった方がいいのではないか。


歴史を直視し、それを研究と教育に生かす。それが大学というものの役割ではないかと思う。


確かに歴史を直視し、それを研究と教育に生かすのは大切なことだろう。


ミスワカナ と飯塚部隊長


この明治大学広報誌「駿風」の飯塚先生がNHK連続ドラマ「わろてんか」で登場した阿久津少佐( 八十田勇一 )のモデル飯塚隊長こと飯塚国五郎です。


1938210日、ミスワカナ・石田一松等は、上海で飯塚国五郎大佐(連隊長)の歩兵第101連隊を慰問してます。


飯塚は寒さに震えるワカナに自分の着ているチョッキを与えました。


朝ドラ「わろてんか」では、阿久津少佐とミスリリコ(広瀬アリス)が対立しますが、実話では、非常に寒かったようで、ミスワカナ がストーブに当たっていると、飯塚国五郎大佐はミスワカナに労いの言葉をかけ、チョッキをプレゼントしています。


ミスワカナそのお礼にお酌をしたといいます。


その後、飯塚国五郎大佐が率いる歩兵第101連隊は、武漢攻略戦に加わるのだが、昭和1393日の盧山戦で、胸に銃弾2発を受けて戦死しました。


飯塚国五郎大佐の戦死は直ぐに国内にも伝わりました。


ミスワカナは、「わらわし隊」の帰国報告会(ラジオ)の出演直前に飯塚国五郎大佐が死んだという知らせを受け、その日のラジオで、飯塚国五郎大佐との思い出を漫才にした「部隊長とワカナ」というネタを披露し、大勢の涙を誘いました。


飯塚国五郎大佐の死は、雑誌や新聞で追悼記事になって大きな反響を呼び、歌「あ蕊飯塚部隊長」や映画「われらが教官」が制作されたほどで、ミスワカナの泣かせる漫才も大きな反響を呼んでおり、ミスワカナは泣かせる漫才で一流スターの仲間入りを果たします。


「ああ飯塚部隊長」歌詞


作詞 明本京静

作曲 明本京静


ああ思い出は去年の秋

雨降り続く江南に

加納部隊の後受けて

涙の渇く暇もなく

敵を一気に撃滅す


斃れて今は亡き友に

大場鎮の戦陣は

加納部隊が一番乗りと

花も実もあるますらおの

あの声誰か忘るべき


剛勇無双の隊長は

いつも陣頭真っ先に

俺に続けと素っ裸

軍刀さっと振り上げて

行けば刃向う敵もなし


続く部隊の勇士達

皆隊長の為ならば

例え骨身を削るとも

死なば部隊の旗の下

勇者の名を汚すなと


ああ江南に南京に

鬼飯塚の名も高き

猛将遂に花と散る

鄱陽湖畔秋近き

九月三日の午後一時 


人生はおもろないといかん


NHK連続ドラマ「わろてんか」のドラマシーンはこの飯塚部隊長のエピソードを基に描かれています。


それにしても広瀬アリス演じるリリコのモデルミスワカナ は戦争中にいろんな体験をしています。


いろんな悲しみも苦しみも「笑い」にかえて生きるミスワカナ。


ミスワカナ 


「人生はおもろないといかん?」


リリコ ( 広瀬アリス )


「いいえ、そんなことありますわ」


少し歴史の直視の時間になりましたか?


日本の戦争の資料は沢山残っていると思ったのですが、意外に少くない。


アメリカ占領後に多くの資料が破棄されたのでしょうか。

NHK連続ドラマ「わろてんか」、風太(濱田岳さん)は本物の笑いを兵士たちに届けたいという芸人たちのため、衣装の着用を阿久津少佐(八十田勇一さん)に掛け合う。


またリリコ(広瀬アリスさん)と四郎(松尾諭さん)は、日本に戻って再び漫才師になることを決める……


<明日のわろてんか>39日 第132回 本物の笑いを兵士たちに リリコ&四郎も決断!


https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180307-00000035-mantan-ent


リリコアンド四郎漫才の復活でした。


それにしても広瀬アリス演じるリリコ、以前にもまして滑舌も良く、ピシピシっと良くしゃべります。


このまま漫才師としてもやっていけるんではないでしょうか。


妹の広瀬すずよりも姉のアリスの方が元気良くて健康的、いつも明るく感じます。


最近の出演ドラマのせいでしょうか。


さて、こんなにも元気そうなリリコ。


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史実のモデルミスワカナ も写真では元気で明るいかたに見えます。


今日は史実ミスワカナ の慰問団と悲しい最後のお話しをします。


「わらわし隊」とミスワカナ 


実際の慰問団は


吉本興業の有名な芸人たちが遠征してくるのだから兵隊たちが心待ちにするのも当然だろう。


が、そこはあくまでも戦地。


わらわし隊の漫才師たちにとって命懸けの慰問となる。


農家の土間でひと晩明かし、時に爆撃地跡に立ちすくむ。


被弾して亡くなった芸人も出た。


それでも兵隊を励ますべく、芸人たちは笑いを提供し続けたのだ。


ミスワカナは慰問中の出来事も巧みにネタにした。


広島出身の兵隊さんがワカナに、自分の妻への言伝を頼む。


「うちかた駅から近いんじゃけん、電車で行っても六銭で行けるんじゃ、けちけちせずに行っちゃれ、わりゃあ」


老若男女の声柄を使い分けるその話芸に、会場は爆笑の渦だったという。


だが彼ら兵隊は笑いながらも胸の奥深くで郷愁をくゆらせていたのではないか。


日本に戻って普通に漫才を聞ける日が来るのだろうか。


大切な家族と穏やかに暮らせる日がまた来るのだろうか、と。


ワカナ自身も、時に戦争非難を漫才に織り込んだ。


そうせずにはいられなかったのだろう。


笑いというのは極限状況を救うものでもある。


だが本来、平和のもと見巧者によって育まれ、究めていくものなのに、というやり切れない思いもあったのではなかろうか。


特定秘密保護法案や集団的自衛権と、昨今の話題に接していると日中戦争当時と重ねてしまうことがある。


政治家は国民に「わかりやすく伝える」よりも「都合よく伝える」ことに腐心する生き物である。


しかし私たちには歴史という貴重な材料がある。


そこから自らに照らして想像する力がある。それらを駆使するときが今来ているように思う。


戦争とは一旦はじまると、思いも寄らぬ場所まで波紋を広げるものなのだ。


ミスワカナ の悲しい最後


昭和十六、十七年ごろ。


松島の八千代座。


のミス・ワカナ(玉松一郎とコンビ)が、強行軍の巡業を終えて、グロッキーの状態で楽屋入りしたものの、とても高座はつとまりそうもない。


支配人は医者よ薬よと大あわて。


現れたのが陸軍の軍医大尉。


休暇の帰省中で、支配人の顔見知りだったらしい。


注射を一発ブスっと射ったところ、ワカナは生気はつらつ、体の疲れも頭のモヤモヤも吹っ飛んで、元気に高座をつとめた。


「この薬は眠気さましにもきくが、一刻を争う戦争に対し、一時的にエネルギーを集中出来る」という軍医は説明をした。


芸能界における「ヒロポン事始め」らしい。


ミスワカナはヒロポンに依存していく。


疲労を快復するためとも言われるが、戦地で見た酷い光景を記憶から消したかったのかもしれない。


ワカナの漫才で最後に腹を抱えて笑ったことを思い出として、死の戦場に戻って行ったのである。


太平洋戦争終結の翌年、彼女は心臓発作で突然この世を去る。


まだ三十六歳という若さであった。





NHK連続ドラマ「わろてんか」では風太(濱田岳)率いる慰問団「わろてんか隊」は、中国・上海で歓迎を受ける。


現地で暮らすリリコ(広瀬アリス)と四郎(松尾諭)が合流する。


やった‼︎


また、広瀬アリス演じるリリコ再度登場です。 


おかえりなさいリリコ‼︎


何度も再登場するリリコはやはり朝ドラの中心人物です。


<明日のわろてんか>37日 第130回 「わろてんか隊」にリリコ&四郎合流 上海では


https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180305-00000056-mantan-ent


朝ドラマ「わろてんか」では舞台で結婚と引退することを報告しました。


二人は中国へと向かいました。


しかし、ミスリリコアンド四郎のモデルミスワカナ ・四郎の人生はまた朝ドラとは全く違ったものでした。


朝ドラよりももっと壮絶な人生でした。


史実のミスワカナ・玉松一郎


● 1929年(昭和4年)


ミスワカナは19才で実家を飛び出し、大阪で漫才師の活動を再開。


するとタバコを買いに行ったとき偶然、玉松一郎と運命の再会を果たし、お互いの両親の猛反対を押し切って駆け落ち。 


2人で広島で初舞台を踏みます。


その後、中国地方・九州地方と西へ移動、海を渡って中国青島へ。


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こうして2人は中国の青島へと渡ったが、玉松一郎は中国の青島で肝臓の病気にかかってしまい、働けなくなってしまう。 


このため、ミスワカナは、青島で英語や中国語やダンスを覚え、怪しげな店でダンサーをしながら生計を立てた。


さて、ミスワカナと玉松一郎は、中国人の2階に居候していたのだが、ミスワカナは帰りが遅いので、帰ってくると既に中国人は寝ており、ドアを開けてくれなかった。


このため、ミスワカナは、寝たきりになっている玉松一郎の足首にロープを結んでおき、そのロープを窓から地面へ垂らしていた。


帰宅したミスワカナがロープを引っ張ると、玉松一郎がヨロヨロと起き上がり、玄関のドアを開けるのである。


やがて、玉松一郎は、異国の地でミスワカナに迷惑を掛けることを苦にして、首つり自殺をしようとしたが、ちょうと帰宅したミスワカナに見つかり、未遂に終わってしまう。


ミスワカナは玉松一郎をビンタして目を覚まさせると、ついに帰国する事を決意したのである。


● 1931年(昭和6年)


ミスワカナは21才で、帰国して芸名を「都家若菜」に改名し、「若菜万歳一座」として九州巡業をスタート。


● 1937年(昭和12年)


ミスワカナは27才のとき広島で、吉本せい(てんのモデル)の弟の林正之助(風太のモデル)にスカウトされ、コンビ名を「ミスワカナ・玉松一郎」へ改名。


当時、吉本興業は上方落語から漫才に切り替えて、昭和5年にブレイクした「エンタツ・アチャコ」に続く新人を探していました。


上方落語のスター桂春団治も昭和9年に死去したのでブレイク芸人の存在は必須でした。


コンビ「ミスワカナ・玉松一郎」に漫才の手ほどきをしたのは、漫才作家で上方漫才の父・秋田実でした。


流行歌を歌いながらダンスし、片言の英語を交えた話芸のミスワカナと、眼鏡がトレードマークで流行のアコーディオンを弾きながらツッコむ一郎という、斬新な漫才コンビが誕生。


男尊女卑の時代だったから、女性が男性をやり込める姿がとにかくウケました。


新ジャンル「歌謡漫才」は老若男女の声柄を使い分けるその話芸に、会場は爆笑の渦で、2人は大ブレイクして一躍スターに。


舞台公演以外にも、ラジオの寄席中継や、レコード録音など幅広く活躍しました。


吉本興業2年目、「ミスワカナ・玉松一郎」は「わらわし隊」メンバーとして、日中戦争で戦う兵士を慰問しに中国へ。


慰問先で中国語と日本語を混ぜ合わせた「金色夜叉」の替え歌を披露して大ヒットし、トップスターの仲間入りを果たしました。


それは全盛期の「エンタツ・アチャコ」をも超えるほどでした。


しかしミスワカナは慰問に出たあと、ヒロポン(覚醒剤)に依存するようになります。戦地で見た酷い光景を記憶から消したかったのかもしれません。


ミスワカナ ・玉松一郎ですが結婚は最後まで続きませんでした。


ワカナは妻子持ちの俳優と恋に落ち、一郎と離婚しています。


あんなラブラブだった二人にも別れがきます。


彼女が亡くなった後、玉松一郎は2代目ワカナ(のちのミヤコ蝶々)をはじめ、3代目、4代目ワカナ(のちの河村節子)とコンビを組んで舞台に立ち続ける。


1963(昭和38)年に亡くなるまで、ミスワカナ・玉松一郎として活動しました。


高松一郎は人生の最後までミスワカナが忘れられなかったみたいです。


人生は小説より奇なり


NHK連続ドラマ「わろてんか」のミスリリコアンド四郎よりもミスワカナ ・玉松一郎の人生の方が波乱万丈の人生でした。


玉松一郎はいつもミスワカナ のことをただひたすら思い続けた一生でした。


それでも玉松一郎は十分幸せな人生だったのだと思います。


『あなたの人生は誰のものでもなくあなたのもの。


たとえあなたが愛する人を傷つけることになったとしても、あなたが正しいと思うことをして』


"You cant live your life for other people. Youve got to do whats right for you, even if it hurts some people you love."

NHK連続ドラマ「わろてんか」では芸人をやめ四郎(松尾諭)に付いて上海に行くというリリコ(広瀬アリス)の決断を喜んで受け入れた。


2人は最後の高座に上がり、観客に結婚と引退の報告をする。


風太(濱田岳)は困ったらいつでも助けてやるからとリリコと四郎を励まし、てんも2人はどこへ行っても北村の社員だと優しく送り出す。


『わろてんか』第126話では、リリコ(広瀬アリス)と四郎(松尾諭)が最後の高座に上がる


https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180301-00010009-realsound-ent


ミスワカナ 玉松一郎


ミスリリコアンド四郎の史実モデルはミスワカナ 玉松一郎です。


ミスワカナ 高松一郎の二人のコンビは最後まで引退はしていません。


ミスワカナ 高松一郎のその後を話しますと


ワカナと一郎は新興演芸部に破格のギャラを提示され、吉本興業より新興演劇部へ電撃移籍。


世間を大きく騒がせました。


その後ワカナは妻子持ちの俳優と恋に落ち、一郎と離婚。


あんなラブラブだった二人にも別れがきます。


しかしコンビは解消せずに夫婦漫才を続け、寄席やラジオ、レコードの録音などと精力的に活動を続けた。


そして1946(昭和21)年、ワカナは野外演芸会の帰宅途中に心臓発作をおこし、そのまま急逝。


過労とヒロポンの乱用とされています。


玉松一郎はその後も2代目ワカナ(のちのミヤコ蝶々)をはじめ、3代目、4代目ワカナ(のちの河村節子)とコンビを組んで舞台に立ち続ける。


1963(昭和38)年に亡くなるまで、ミスワカナ・玉松一郎として活動しました。


高松一郎は人生の最後までミスワカナが忘れられなかったみたいです。


もしかして広瀬アリス演じるミスリリコの見納め?


NHK連続ドラマ「わろてんか」ミスリリコアンド四郎とそのモデル、ミスワカナ 玉松一郎とは随分と違った展開になってしまいました。


広瀬アリス演じるミスリリコが今日で見納めとはさびしい限りです。


NHK連続ドラマ「わろてんか」リリコと四郎のアツアツぶりは結構面白かったですね。


リリコと四郎のアツアツとそれを見ていたアサリとの会話とそれぞれの表情がたまらなく最高に笑えてしまいました。


「わろてんか」今週のベストシーン


楽屋にて。


リリコと四郎がラブラブな会話をしている。


リリコ


「今日もあんたの演奏、お客さん喜んではった」


四郎


「リリコのしゃべくりがよかったからや」


リリコ


「いややわぁ。そんなほんまのこと言うて」


その会話を後ろから見つめるアサリ。


リリコと四郎はその後も、茶柱が立ったお茶をどっちが飲むかをめぐって、ラブラブなバカップルのような会話を続ける。


しまいにアサリは激怒し「ゴチャゴチごちゃごちゃ言うてんと. さっさと飲め! 


リリコ


「何やおったんか。


アサリ


「ずっとおったわ!」


リリコと四郎のいちゃいちゃめちゃ可愛いかったですね。


リリコのキツさ激しさは自分を守るための武装でした。


気持ちを分け合える人自分を強く見せる必要のない人の側ではその武装が剥がれています。


甘ったるくてデレデレなリリコほんと可愛いかった場面でしたね。


それにしてもアサリに対する態度はもとのままです。


他の人には相変わらずキツイリリコでした。


いちゃいちゃって?


「いちゃいちゃ」×2


「いちゃつく」とは男女が仲良く戯れることで、江戸時代から使われる言葉だそうです。


なんと約400年も男女はいちゃいちゃしてきたのです。


いちゃいちゃは甘えたい気持ちの表れです。


友人関係の時には、自分の弱いところはなかなか見せることができません。


むしろ、良いところばかりを見せたいと思うものですよね。


ですが、恋人になると、自分の弱点も知ってほしい、もっと甘えさせてほしいと考えるようになります。


恋人とのいちゃいちゃはそういった甘えたい気持ちの表れだと考えることができるでしょう。


相手に触れ合っていたいという気持ちも、相手への甘えの一つです。


例えば、よく飼い主に懐いている猫が甘えて来たがっているときと同じように、恋人も大好きな人には甘えたくて仕方なくなるのです。


家族以外には見せることができなかった甘えを恋人に見せるようになると、自分一人のための甘えられる場所なのですから、余計に甘えがひどくなっていちゃいちゃへと発展するのです。


いちゃいちゃしていることで、恋人の存在を感じることができるのです。


恋人と愛し合っていることを再確認できますし、自分が一人ではないと言ことを感じることもできます。


家族以上に味方になってくれるわけではありませんが、恋人というのは、自分の味方になってくれる存在でしょう。


自分の味方の傍にいて、その存在が自分を愛してくれていると確認できるのは、何よりも安心することです。


いちゃいちゃを許してくれているということは、自分のことを愛してくれているという証拠になります。


なるほどそんなものなんですかね。


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