ケイのblog

愛媛県の宇和島出身。現在は横浜市で会社勤務。NHK連続ドラマ『エール』裕一(窪田正孝)音(二階堂ふみ)の主人公とその他ドラマ登場人物をモデル、古関裕而と妻金子の史実と時代背景を比較しながら、このブログでもっとドラマが楽しく見られたらいいなと思っています。

NHK朝の連続ドラマ『エール』■音の母、光子(薬師丸ひろ子)の台詞「二人が接吻しているのを見ちゃったの。汽車はもう走りだした。止まりません。…頭はダメって言ってるけど、心はいいって言ってるの。だから私は認める」こんな無茶苦茶な台詞。テレビドラマで観たことはありません。明かにテレビ劇場芝居■面白いです。私が勝手気ままに書いているブログです。でひ読んでみてください。

カテゴリ:わろてんか > 時そば

NHK連続ドラマ「わろてんか」では落語家の大御所・文鳥に俳優笹野高さんが演じた「時うどん」の落語、お上手でしたね。




落語「時うどん」では江戸時代の時刻が大切なキーワードになっていましたが、うどん屋のおじさんはなんで時刻を知っていたのでしょうか?


現代のように腕時計があるわけでもなし、スマホを持っていたわけでもないのに不思議ですね。


江戸時代はどうやって時刻を知ったのか?


ご~ん  ご~ん ご~ん


ご~ん ご~ん ご~ん


これです、この音。


鐘の音です。


江戸時代には「時の鐘」がありました。


鐘の音を聞いてうどん屋は時刻を知っていたのです。


毎日、どんな時も時刻を知らせてくれる江戸時代の「時の鐘」って凄いです。


時の鐘


当時の時報の中心的な手段は時を知らせる鐘に「時の鐘」がありました。


「時の鐘」には「城の鐘」・「寺の鐘」・「町の鐘」と複数の種類があって、昼夜を通して報知がなされていました。


「城の鐘」は、城内の櫓時計などの和時計を利用して、決まった時刻に太鼓や鐘で城に従事する役人に政務時間を知らせていた鐘です。


「寺の鐘(梵鐘)」は、香盤時計やその他の和時計を用いて仏事や勤行のために寺院で鳴らしていた鐘で、最初一日に3回鐘を撞いていました。(明け六つ・昼九つ(正午)・暮れ六つ)。


江戸では江戸城を囲む9ヶ所のお寺や町中、地方では京都・大坂・長崎などの主な城下町にあって、最初は幕府管轄の時報制度を取っていましたが、間もなく市民のための鐘となり、一刻に一回の報知がされておりました。


この時報システムが時代のニーズに伴い、市民が規則正しい生活するために、全国に拡がって行った事は、その時代の画期的な出来事であったと思われます。


松尾芭蕉


「花の雲、鐘は上野か浅草か」


「時の鐘」は、江戸に暮らす庶民の生活のリズムを刻む鐘として、必要不可欠な要素になっていた様です。




現代では川越市に残っている「時の鐘」が良く知られていますね。




NHK連続ドラマ「わろてんか」では落語家の 御所・文鳥に笹野高史さんが風鳥亭の舞台に登場しました。




客が期待していた文鳥の十八番はかからず、『時うどん』が前座噺にかかったことに対して、客は騒然となります。


しかし騒ぎ始めた客たちもいつの間にか文鳥の話芸に心を奪われ、大爆笑の中で特別興行は無事に幕を閉じるでした。


えっ、「時うどん」?


落語の「時そば」なら知っているのに「時うどん」と「時そば」は内容が違うのかな?


「時そば」と「時うどん」の違い。


江戸落語の「時そば」も同様に「他人は喰うより」を原話としているが噺の内容はかなり異なっているそうです。


江戸噺の「時そば」はそれぞれ単独犯で模倣の動機もただの愉快犯であるが、上方の「時うどん」には別の深い動機が


上方噺の「時うどん」が明治時代に3代目柳家小さんが東京に移植して「時そば」になったものといわれています。


「時そば」の原型をなす噺であったが、今日では「時そば」の方が広く知られるようになったそうです。


ではどんな風に違っているのか?





「時そば」


明治中期、三代目柳家小さんが上方の「時うどん」を東京へ移しました。


往来を流して売っていた夜鷹そば屋を呼び止めた男が、やたらにそば屋を褒めたあげく、代金を聞くと16文だという。


そこで「一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ、七つ、八つ、何刻(なんどき)だい」「九(ここの)つで」「十(とお)、十一、十二、十三、十四、十五、十六」と、うまく1文ごまかしてしまった。


これを見ていたぼおっとした男が、さっそくまねをしようと、細かい銭を用意してそば屋を呼び止め、褒めようとしたが、まずくて汚なく褒めようがない。


勘定になり「一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ、七つ、八つ、何刻だい」「へえ四つで」「五つ、六つ、七つ、八つ・・」と損をしてしまう。


三代目小さん以後、七代目三笑亭可楽、三代目桂三木助らが得意としたが、いまでも演り手は多いんだとか。


「時うどん」


知恵の働く兄貴分と少し足りない弟分が、夜道で屋台のうどん屋を見つけ、うどんを食べようとする。


代金は16文だが、弟分は8文しか持ち合わせが無く、何だ、それだけか、と怒鳴った兄貴分も7文しか無かった。


それでもかまわず兄貴分はうどんを注文し、うどん屋が「うど~んエー、そーばやうど~ん」と歌うのを、やかましいと文句を言ったり、そうこうするうちうどんができると、兄貴分は自分だけうどんを食べ、弟分が後ろから遠慮がちにつついても「待て待て」と言うだけ。


ようやく、「そんなにこのうどん食いたいか」と渡してくれたどんぶりにはわずかなうどんが残っているだけ。


勘定を払う時になると、「銭が細かいから数えながら渡す」と言って、「一、二、……七、八、今何時や」。


うどん屋が「九つです」と言うと十、十一、……十六。


歩きながら、1文足りなかったはずなのに、と不思議がる弟分だが、兄貴分からからくりを教えてもらうと大喜びで、「わいも明日やってみよう」。


翌日、早くやってみたくて明るいうちから町に出た弟分は、昨夜とは別の屋台を見つけた。


何もかも昨夜と同じにやりたくてたまらないので、うどん屋に、「うど~んエー、そーばやうど~ん」と歌え、と言っておきながら、うどん屋がそのとおりにすると、やかましい、と怒鳴って「そんなら歌わせなさんな」と文句を言われ、うどんを食べながら、「待て待て」とか「そんなにこのうどん食いたいか」と1 人言うので、「あんた、何か悪い霊でも付いてまんのか」とうどん屋に気味悪がられたり、最後には、「何や、これだけしか残っとらん」とつぶやいて「あんたが食べなはったんや」とあきれられる。


それでも、勘定を払う段になると大喜びで、一、二……七、八、今何時や、と聞いて、「四つです」。五、六、七、八、 ……というオチで終わる。


で結局いくらズルしたの?


結局、「時そば」も「時うどん」も一文ズルしたことになります。


一文っていくらかと言うと現代だと約20円です。


一文はこれですね。




「時そば」も「時うどん」も16文ですからお値段は 320円と言うところですかね。


20円のお金のために、あの手この手といろいろ考えるものです。


お腹が空いたのは良くわかりますがズルはいけませんね。

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