新海監督映画「君の名は。」が大ヒット中。




周りの人は「いい映画だよ」とか「泣ける映画だよ」と…


「何でいいの?」


「なんで泣けるの?」と聞いたがよくわからない。


で自分で映画を観に行きました。


なんだか壮大な映画でした。


いろんなシーンが次から次へと


青春恋愛映画?


SF映画なの?


いろんな風景いろんな空気感を体感できた。

それにしても謎多き映画です。 


いろんなキーワードが複雑に絡み合う。


新海監督映画「君の名は。」はどんな映画なのか?


自分なりに考えてみました。





一番目のキーワード


黄昏 ( たそがれ )


黄昏は、古くは「たそかれ」と言い江戸時代以降「たそがれ」となった。


薄暗くなった夕方は人の顔が見分けにくく、「誰だあれは」という意味で「誰そ彼 (たそかれ)」と言ったことから、「たそかれ(たそがれ)」は夕暮れ時をさす言葉となった。


主人公、瀧 ( たき )と三葉 ( みつは )は、お互いに入れ替わるが、二人が出会うことなどない。


「誰そ彼れ」なのである。


お互いに見えない相手を追い求めることから映画は始まる。






二つめのキーワード


口噛み酒 ( くちかみさけ )


お酒が米を主体として造られるようになったのは、縄文時代以降、弥生時代にかけて水稲農耕が定着した後の事。


弥生時代は紀元前3世紀ごろから3 世紀ごろまでの500600 年間だそうです。


今から1700年~2300 年前です。


すなわち前前前世の話しなのです。


この時期に、日本酒の起源があった。


当時は、加熱した穀物を口でよく噛み、唾液の酵素(ジアスターゼ)で糖化、野生酵母によって発酵させる口噛みという方法を用いていました。


この口噛みの酒は「大隅国風土記」等に明記されていますが、この作業を行うのは巫女に限られていました。


弥生時代と巫女で思い出されるのは邪馬台国の女王卑弥呼です。






三つ目のキーワード


巫女 ( みこ )


太古より巫女は神と交流していた。


280年~ 297年発行『魏志』倭人伝によれば卑弥呼は


「鬼道(きどう)に事(つか)え能(よ)く衆を惑わす」


「年すでに長大にして夫婿(ふせい)なし」


卑弥呼は「鬼道」にたくみであり、それによって人々の心をあやつり人を惹きつけたのです。


そして、年はかなりとっていて、夫はいないとある。


卑弥呼がおこなっていた「鬼道」とは神と交流し、神のお告げを伝えること。


卑弥呼は「君の名は。」の主人公三葉と同じ巫女(みこ)だった。


卑弥呼は神との交流する呪術を身につけていたため、邪馬台国の女王に立てられていました。


卑弥呼が神の言葉を告げて人々を支配していたのです。


さて、卑弥呼が神と交流したのはどのような方法だったのか。


それは神との入れ替わりだった。


すなわち卑弥呼は入れ替わりの能力を身につけた人物だった。


「君の名は。」の主人公三葉は口噛み酒を神の御前にそなえました。


その酒の中に三葉のDNAも入っていた。


唾液には口腔粘膜細胞という細胞が混ざっていてその細胞からDNAを抽出できる。






四つ目のキーワード


前前前世 ( ぜんぜんぜんせい )


弥生時代から現代まで人は永遠と命を紡ぐ


人間の細胞の核にはDNAと言う二重螺旋になったものがある。


DNAの中の一部が遺伝子。


人間の細胞にはそのDNAのセットが46 個ある。


染色体が46本ある。


男の遺伝子と女の遺伝子が半分ずつ合体して46本の染色体になる。


DNAの中にはその人の情報の全てがある。


男性の染色体23本と女性の染色体が23 本が合体し、新しい生命体となり、未来へと続く。


瀧は以前三葉と入れ替わった際に参拝した、山上にある宮水神社の御神体へ一人で向かい、もう一度入れ替わりが起きることを願いながら、3年前に奉納された三葉の口噛み酒を飲む。


そして瀧は三葉と入れ替わる。




五つ目のキーワード


入れ替わり


「君の名は。」の主人公三葉は弥生時代に卑弥呼が神と入れ替わって政治を行ったように入れ替わりの能力をそのDNAに持っていたのです。


それは三葉の母親やまたその母親、宮水家先祖代々受け継がれた能力だったのです。






六つ目のキーワード


恋愛


なぜ相手は瀧なのか?


入れ替わりの能力は代々受け継がれる。


そのためには最高の相手が必要であった。


三葉の染色体ともっともピッタリと会う23


その最高の相手が瀧だった。


こうして日本の13 千万人の中から瀧が選ばれ彗星の訪れとともに三葉と瀧は入れ替わる。


入れ替わった二人だから恋愛になったのか、DNAが選んだ相手だから恋愛になったのかはわかりません。


それが運命だったのか必然だったのか。


この入れ替わりは糸守町を救うための入れ替わりでもあった。


もしかして、本当に救いたかったものは前前前世から延々と続いた宮水のDNA、三葉、彼女そのものだったのかも知れない。


そうして糸守町は救われ、その人々も救われた。






七つ目のキーワード


田舎と都会


田舎に住む三葉、田舎暮らしの閉鎖感にうんざりしている。


開放的な都会に憧れる。


なんだかよくわかる。


その気持ち。


田舎生まれの三葉と都会育ちの瀧、そのギャップが面白い。


最後に三葉と瀧は東京の街で出会う。


東京の街はいつもと変わらず喧騒の中。


都会では、こんな物語があったことも誰も知らない。





新海監督は映画「君の名は。」で何を語りたかっのか?


弥生時代に卑弥呼が持っていた入れ替わりのDNAが代々受け継がれて三葉のDNAとして存在した。


同時に神事には歯に噛み酒の儀式が2000年もの現代まで受け継がれています。


それは邪馬台国の卑弥呼が持ってい た能力であり神との交流の儀式だったのかも知れないのです。


女性卑弥呼の邪馬台国は大和朝廷によって亡ぼされます。


歴史は勝者のみの歴史であり、多くの敗者の歴史が埋没しています。


しかし、神事の口噛み酒と言う、非日常的な行為にふとあらわれたりするのです。


誰も気づくことがないが、それは前前前世からの贈物なのです。


人々の暮らしの中には毎日の生活があり、いつもと変わらない日々があります。


ただ、それは決して今だけでなりたってはいない。


前前前世から延々と多くの人が命を繋いで今があるのです。


そして、これからも永遠と命を繋いでいくために、あなたとあなた 、二人が手を取りあって新しい未来の世界を築いていかなければならないのです。


ああ、新海監督映画「君の名は。」は日本人としてその心の根底にあるものはなにかをつくづく考えさせられる映画なのです。