ケイのblog

愛媛県の宇和島出身。現在は横浜市で会社勤務。NHK連続ドラマ『エール』裕一(窪田正孝)音(二階堂ふみ)の主人公とその他ドラマ登場人物をモデル、古関裕而と妻金子の史実と時代背景を比較しながら、このブログでもっとドラマが楽しく見られたらいいなと思っています。

NHK朝の連続ドラマ『エール』■音の母、光子(薬師丸ひろ子)の台詞「二人が接吻しているのを見ちゃったの。汽車はもう走りだした。止まりません。…頭はダメって言ってるけど、心はいいって言ってるの。だから私は認める」こんな無茶苦茶な台詞。テレビドラマで観たことはありません。明かにテレビ劇場芝居■面白いです。私が勝手気ままに書いているブログです。でひ読んでみてください。

カテゴリ:とと姉ちゃん > 暮らしの手帖

『とと姉ちゃん』NHK連続ドラマ、主人公小橋恒子( 高畑充希 )と小橋家の家族、森田家の家族、祖母の青柳商店の一同、いろんな人達が交錯して、人間模様が面白いですね。





『あさが来た』に引き続き高視聴率です。

『とと姉ちゃん』に『あさが来た』の最終話に登場した平塚らいてうの影響を主人公小橋恒子モチーフ大橋鎮子さん、後に登場する花山伊佐治モチーフ花森安治さんも大いに受けていたようです。



昭和23年『暮らしの手帖』が『美しい暮らしの手帖』として創刊されます。



平塚らいてうの年齢は62才になっていました。



『暮しの手帖』に初掲載されたエッセイには、料理研究家の中江百合が 、らいてうの生活する疎開地を訪れたことが書かれています。 



らいてうは、利根川のメソ(小さな鰻)の蒲焼き、野草のあえもの、自家づくりの辛味噌のおつけ、玄米飯などの食養料理と、胡麻じるこで歓迎しました。 



配給生活の都会人には、無制限に食べられるということだけでも、快い開放感にひたることができたのでしょう。みんな心から満足してくれました。



大きな草だんご、栗ぜんざい、それに姉から教えられた胡麻じるこもわたくしの自慢の一つで、来客によろこばれたものです。といっても、やがて間もなく食料事情のひっぱくにつれ、こんなことも出来なくなるときがやってきましたが・・・。」



後日、このエッセイを読んだ友人や読者から「胡麻じるこの作り方を教えてほしい」という問い合わせが多くあり、第4号で作り方を披露したエッセイを書いています。







★ゴマじるこの作り方 平塚らいてう



まず、黒ゴマをゴマ塩やゴマあえを作る時のように、焦がさないよう注意して炒ります。といって弱火でグズグズ炒ったのでは、香りがたちませんから、強火でパチパチはねさせて手ばしっこく炒り上げます。それを乾いたすり鉢で十分にすります。



平塚らいてう  ゴマじるこの作りかた



ほんとなんだか、美味しそうですね。



ゴマじるこ作ってみたくなりました。



平塚らいてうが書く、ゴマじるこの作りかた、こんなエッセイも素敵です。



『暮らしの手帖』花森安治は次のように話しています。



「この雑誌には、むつかしい議論や、もったいぶったエッセイは、のせないつもりです。それが決して、いけないというのではなくて、そうしたものは、それぞれのものが、もう、いく種類も出ているからなのです。この紙のすくない、だから頁数も少なくしなければならないときに、どの雑誌も、同じような記事をのせることはつまらないことだと考えたからなのです。毎月出したい気もちで、いっぱいでいながら、年四回の季刊にしたのも、その方が、いくらかでも頁数を多くすることが出来るからでした。・・・」


第1号 あとがきより

『とと姉ちゃん』NHK連続ドラマ小橋家の大黒柱である父、竹蔵( 西島俊之 )は結核で亡くなりました。








素朴で優しいお父さん役西島俊之の演技が良かっただけに残念ですね。


さて、小橋常子(高畑光希)のモチーフ大橋鎭子さんはその当時のことをインタビューで次のように語っています。


大橋鎭子


「 私が小学校1年 生 の 時 、父 が 肺 結 核 に な り ま し た 。


当 時 は お 薬 も な く 、 " 牛 の 生 き 血 "を 飲 ま せ る こ と が 最 上 の 滋 養 、な ど と い われていました。


父が血を吐き、体温計を折る。


枕元で 母が泣く。


療養所を求めて、伊東、鎌倉、大森などを転々 と し ま し た 。 


父 が 亡 く な る ま で の 5 年 間 、 家 族 で 看 病 に 明け暮れる経験をしたことで、私は家の中に病人がい る こ と は 何 よ り も 不 幸 な こ と と 、子 ど も の と き か ら 痛 感 し たのです。


家族に病人を出さないためにも、医学や医 療 の 知 識 を 提 供 す る 仕 事 を ど う し て も や り た い 、と 私 は 思っていました。


やがて念願かなって、昭和30年(暮らしの手帖の中で)『診 察 室 で の 会 話・肝 臓 に つ い て 』が スタートし 、以 来 3 9 年 、 一 回 も 休 ま ず に 続 け て い ま す 。



こ れ は 、も し 家 族 が 病 気 に な っ た ら 何 が 聞 き た い か 、ま た 、自 分 が 病 人 な ら 何 が 知 り た い か と の 想 定 で 、医 師 へ の 質 問 と 回 答 の 形 式 を と っ て い ま す 。 」


「すてきな暮らしをあなたに」より









大橋鎭子は医学記事も、視点は「 家庭の幸せ」です。




大橋鎭子と朝のNHK連続ドラマとと姉ちゃん小さな子供の「家庭の幸せ」を願う心が大橋鎭子の作った「暮らしの手帖」の根底になっているのです。




 『とと姉ちゃん』NHK連続ドラマの小橋常子(高畑光希)モデル大橋鎭子が作った雑誌が『暮らしの手帖』です。
1948年( 昭和23年 )創刊号。名前は『美しい暮らしの手帖』になってます。

★創刊号



冒頭      花森安治



これはあなたの手帖です

いろいろのことが 書きつけてある

この中の どれか 一つ二つは

すぐ今日 あなたの暮しに役立ち

せめて どれか もう一つ二つは

すぐには役に立たないように見えても

やがて こころの底ふかく沈んで

いつか あなたの暮し方を変えてしまう

そんなふうな

これは あなたの暮しの手帖です








美しい暮しの手帖 

第1号 1948年(昭和23年)

編集長&表紙 花森安治

暮しの手帖社 定価110円 






写真:かわいい小物入れ、型紙なしで作れる直線裁ちのデザイン、ブラジアのパッドの作り方、自分で結える髪

色刷:シンメトリでないデザイン、自分で作れるアクセサリ、指人形の作り方(藤代清治)

色彩(佐多稲子)

女のくらし(小堀杏奴)

秋袷(森田たま)

乾あんず(片山廣子)

アメリカの暮しと日本の暮し(坂西志保)

真の美しさ(中原淳一)

足袋・小説(川端康成)

衣食住小記(土岐善麿)

すけろく(戸板康二)

直線裁ち(大橋鎮子)

服飾の基本(花森安治) 



創刊号から大橋鎮子と編集者花森安治の雑誌への意気込みが良く現れています。


★最新号




昭和43年より平成28年まで『暮らしの手帖』は女性の暮らしを良くするため大橋鎮子と花森安治の意思を受け継ぎ、発行され続けているのです。

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