ケイのblog

愛媛県の宇和島出身。現在は横浜市で会社勤務。NHK連続ドラマ『エール』裕一(窪田正孝)音(二階堂ふみ)の主人公とその他ドラマ登場人物をモデル、古関裕而と妻金子の史実と時代背景を比較しながら、このブログでもっとドラマが楽しく見られたらいいなと思っています。

NHK朝の連続ドラマ『エール』■音の母、光子(薬師丸ひろ子)の台詞「二人が接吻しているのを見ちゃったの。汽車はもう走りだした。止まりません。…頭はダメって言ってるけど、心はいいって言ってるの。だから私は認める」こんな無茶苦茶な台詞。テレビドラマで観たことはありません。明かにテレビ劇場芝居■面白いです。私が勝手気ままに書いているブログです。でひ読んでみてください。

カテゴリ:とと姉ちゃん > 暮らしの手帖

★昭和41年 (.1966年 ) 暮しの手帖87号「火事をテストする」という記事を発表した。





実際の一戸建ての家を実験場にして、いろいろな火災を起こして、どんなふうに燃えてゆくのか、どう消したらいいのかの実験をしました。

たとえば、火の入ったフライパンを床に落としたら、どのように火は燃え広がってゆくのか、それを消火するにはどうしたらいいのかと言うテスト

他にもいろんなケースを行ったが、その中の一つに、石油ストーブが、倒れた時に、板の間の場合、タタミの場合、じゅうたんの場合などの燃え方を調べました。

石油ストーブが火になるというのは、つまり灯油が燃えるのです。

その結果、板の間の場合、油が燃え広がって一番危なく、タタミやじゅうたんの床は、油を吸い込むので、燃え広がらないことが分かりました。

つまり板の間に石油ストーブを置くのなら、下にじゅうたんを敷きなさいという結論が出ました。

同時に、石油ストーブから火が出た場合は、油に水は禁物という常識とは違って、水をざあっとかければ確実に消えることが分かった、と発表しました。

折から世の中では、石油ストーブがブームになって、毎年10%近く普及率が上がり、この年には63%もの家庭で、暖房用に石油ストーブが使われるようになっていた。

それにつれて、石油ストーブによる火災も増大していました。

★ 昭和42年(1967年)2月発行の93号



「もし石油ストーブから火がでたとき、どうしたらよいか」に限って、再び60回もテストを繰り返し行ないました。





万一石油ストーブが倒れたら「とにかく引き起こすこと、どうしても引きおこせないと見たら、すぐバケツ一杯の水をかけること」と発表した。60回の実験で、100%水で消火できたと言う結果になりました。



これに対し、東京消防庁は「まず毛布をかぶせて炎をおさえる。そのあと水をかける」と指導していたのです。

東京消防庁は暮しの手帖の結論に「素人が何を言うか、ケシカラン」と怒り出したのです。

★ 朝日新聞  昭和43年2月7日

「燃えさかる『水かけ論争』石油ストーブから火が出たら まずバケツか毛布か、実験派暮しの手帖対経験派東京消防庁」

という大きな記事になったのです。

他のマスコミ各社もいっせいに『水かけ論争』として取り上げた。

その結果、自治省消防庁が公開実験を行うことになりました。

公開実験は2月21日22日に行われ、2月29日に結果が発表されたのです。

新聞は「効果あるバケツ 石油ストーブ『水かけ論争』軍配は『暮しの手帖』優勢」と報道した。

★ 昭和43年2月29日夕方のNHKニュース 

「 水をかける方が効果があることが、消防庁の実験で分かりました。

これは石油ストーブが倒れて火が出た場合、バケツに一、二杯の水をかければ消すことが出来るという雑誌暮しの手帖社と水より毛布をかぶせる方が先という消防関係者の間で意見が分かれたため、消防庁が今月の21日と22日の2日間、東京三鷹の消防研究所で公開実験をして、今日その結果を公表したものです。

実験は、火のついた石油ストーブを29回倒して水と毛布とどちらが消火に効果を上げるかをしらべ、これとともにモデルハウスの床を畳ばりにした場合とリノリウムばりにした場合とでは、消火にどのくらいの違いがあるかについてもしらべました。

その結果、まず水による場合は、炎が1m30cmの高さになるまでにバケツ一杯の水を石油ストーブの芯をめがけて一挙にかければ充分に消える。

しかし毛布の場合には、炎の高さが1mを越え、広がりは直径60cm以上になると、火の勢いを抑えることが出来ても、完全に消し止めることは難しく、石油ストーブが倒れて火が出た時には、まず水をかけることが消火の上で効き目があることがわかりました。

また床の材質をみますと、タタミではストーブから漏れた油がタタミに染み込みなかなか広がらず、石油ストーブの置き場所はリノリウムよりタタミの部屋のほうが安全であることが確かめられました。

消防庁では、この実験の結果によって石油ストーブのそばには必ず、水を満たしたバケツを置く、石油ストーブはせきるだけ畳の上に置く、リノリウムや板張りの部屋で使う場合必ずじゅうたんを敷くようにすることなどを一般に呼びかけることになりました。」

「この実験の結果によって石油ストーブのそばには必ず、水を満たしたバケツを置く」というこの消防庁の結論のニュースを、花森さんをはじめ編集部みんなで聞いていました。

『暮らしの手帖』の大勝利です。『暮らしの手帖』の編集部はニュースを聞いたとたん、『暮らしの手帖』の勝利に湧き上がりました。

昭和43年2月29日ちょうど閏年の出来ごとでした。

花森安治

「 人生というものは捨てたもんじゃない、ちゃんとやっていれば、いつかそれは報いられる。

こんな幸福なことはない。

そういう意味で、ぼくとしても今日は非常に記念すべきで、4年に1回しか来ないのが幸いだよ。

ぼくは4年ごとに、この日はどんなに忙しくても、この日は盛大に祝うと同時に、そしてやはりちゃんとしたことをしようと、反省する日にしたいな。」



昭和42年2月8日に発行された「暮しの手帖 第一世紀89号」



 
この中では、ポッカレモンCの大瓶にビタミンCが含まれていなかったことが書かれています。 



ビタミンCの分析結果。


 
ポッカレモンの容量は90ml~720mlまで5種類あり、そのうち一番大きな大瓶のみビタミンCが入っていなかったというもの。

正確には、ビタミンCの入っていなかった瓶には「100g中ビタミンC100mg強化」の文字がはいっておらず、残りの瓶には表記があるので、商品そのものには問題がないようです。 
 
広告上はこの点が明記されておらず、他の容量のビンと同じようにあたかもビタミンCが含まれているかのごとく表記されていたので、その点について問題提起しています。
 
1967年5月の国会で討議されています。

国家答弁より 

鈴木強君 

「 前回私がポッカレモンをはじめ、ジュース関係を取り上げまして、これの価格表示の取り締まりについて御質問したのでありますが、政府側の明確な答弁がございませんでした。

そこで、ひとつ直接の担当である厚生大臣から、このいきさつですね、それから、法務大臣のほうからも、刑法上の取り締まりですね、これについての問題が出ておりますから、その後の、十分相談したと思いますから、結果を報告してもらいたい。」

国務大臣(坊秀男君) 

「 先般この委員会におきまして御質問を受けました。

それにつきまして、それまでのこの事件の経過及びその後厚生省としてどういうことをやったかということにつきましては、詳細係官からお答えさせます。」

政府委員(中原龍之助君) 

「 お答えいたします。」

「 前回ポッカレモンにつきまして御質疑がございました。

その後、関係官庁にいろいろ分かれているものでございますから、私ども事務的に関係官庁といろいろ相談をいたしました。

そういたしまして、この問題の主点は、広告の問題というような問題が主点になっております。

したがいまして、本筋といたしましては、大体公取のほうで取りまとめていくという形になっております。

細部のいろいろの問題になりますと、事務的に各省が大体取りきめをしていくという形になっております。」

鈴木強君 

「 そんな形式的なことは聞いてないですよ。

この前具体的な問題を質問して答弁できなかった。

委員長、おかしいですよ、そんな答弁をあのとき求めてないですよ。

それじゃ厚生省の場合ですね、特殊栄養食品としての認可を与えておるわけですから、そういう立場からこのポッカレモンとらえてください。

そうしてそのいきさつと、その後の措置、現状どうなっておるか。」

政府委員(中原龍之助君) 

「 ポッカレモンにつきましては、いわゆる特殊栄養食品としての申請が出まして、そうしてその申請に基づいて所定の検査なり、それから審査なりいたしました上でこれを許可しているのでございますが、その許可といたしましては、その包装とか、びんの大きさとか、そういうものではなくて、その飲用に供するそのもの自身について、はたして規定どおりの、この場合はビタミンCでございますが、このビタミンCが入っているかどうかについていろいろ審査をして許可していくわけでございます。

したがいまして、今回の問題になりましたのは、前回も申し上げましたけれども、いわゆるびんごとの、容器ごとの許可ではございませんので、それから、また、販売する場合におきまして、特殊栄養食品は正規に許可されたいわゆる表示をして販売するという形になっております。

したがいまして、正規に許可されて販売されているところの、この場合、ビタミンC強化ポッカレモンといいますこれについては、その中身その他につきまして全然違反はございません。

ところが、七百二十ミリリットル入りましたところのポッカレモンにつきましては、これは表示といたしましては、いわゆる特殊栄養食品である表示をいたしておりません。

普通の飲料水になっておりますので、このもの自体に対しましては栄養改善法の違反にはならないわけでございます。

ところが、たまたま新聞紙上、そういうところにおける宣伝の中に、現在許可している品物と、出ていないはずのもの、七百二十ミリリットルのものを並べて書いてある。ところが、実際には許可したものはなくて、そうして普通の清涼飲料水であるところのポッカレモンが実際には市場に出たというようなことでございます。

したがいまして、その広告のやり方におきまして、通常のいわゆる清涼飲料水であるところのポッカレモンが、ビタミンC強化ポッカレモンという特殊栄養食品と間違われるような印象を与えておる、こういうところがいろいろ問題点になったわけでございます。

したがいまして、これはいわゆる広告の問題になっておりまして、栄養改善法で言うところのそのものずばりの、いわゆる法律には抵触をしていないというようなかっこうになっておるわけでございます。

それでこの当時、先生からいわゆる資料の不準備を突かれたわけでございますが、私どものほうといたしましては、これを承知いたしましたのは、たまたま「暮しの手帖」に載っておりました記事を見ましてそういう事実を知りまして、直ちに調査を開始して、そうして業者にいわゆる指導をいたしまして、いろいろのその指導に基づきまして、業者が自主的に広告の訂正であるとか、あるいは間違えられやすいようなそういう性質の清涼飲料水であるところの七百二十ミリの回収を開始をしたというようなことでございます。

これが大体今回の事件のあらましということになっておるわけでございます。」

「暮らしの手帖」の商品テストが世の中にあたえる影響はもの凄いことになっていました。

「暮らしの手帖」は全盛期、発行部数100万部を超えていましたから、「暮らしの手帖」の推奨する商品は売上が急増しますが、商品に問題があればその商品は売れなくなったのです。

メーカーは「暮らしの手帖」の商品テストに常に注視していなければならなかったのです。

国会答弁でもある通り、暮しの手帖による発表直後からメーカーが製品回収が行われている事がわかります。





『暮らしの手帖』が商品テストを自社で厳しくおこなったことは良く知られている話である。



花森安治の商品テストは「ここまでやるのか」と読者に思わせるほど厳しいテストを繰り返し実施している。

ほんとに信用信頼のおける商品テストだった。

ふと、それなら『暮らしの手帖』に原発の商品テストをしてもらえばいいのではとふと思った。

安倍総理は原発に関して「日本の安全基準は世界一です。安全の確認された原発から、稼働すべき」として原発を次々と稼働させている。

しかし、田中原子力規制委員長は「新規制基準を満たしたからとは安全とは言えない」と述べている。

どう言うことなのか?

安倍総理の本音は「電力会社を破綻させて日本経済を混乱させるよりは、本当は世界一安全とは言えないけれども、福島第一での事故前よりはそこそこ安全性を高めた原発を、事故が起こらないように祈りながら騙し騙し使って行くのが日本経済にとって一番良い」と言うことなのである。

福島原発事故が起きた後、原発をストップさせても電力不足は起きていない。

なら、なんで原発を停止したままに出来ないのか?

それは、電力会社の経営が原発を全てなくしてはなりたたないからである。

銀行幹部は原発事故のすぐ後でも日本経済にとって、原発の稼働は急務であると思っていたのである。

原発再稼働ほんとにいいのだろうか?





『暮らしの手帖』編集長、花森安治の言葉より


もうけてなにがわるい、という、そのとおりだ。

他人の不幸を踏み台にして肥ったりせず、

人間の弱点につけこんで売り上げをのばしたりもせず、

ぼくらの暮しに役立つ いい品だけを作ったり、

売ったりしているかぎり、もうけてわるいはずがない。

そんなふうに考えて、仕事をしている会社や人間だったら、

大いにもうかるのが、ほんとうなのだ

しかし、いま、そんな会社や人間が、

どれだけあるというのか。

ひとの暮しに役に立たなくても、

人の暮しをダメにすることがわかっていても、

売れさえしたら それでいい、

売れるためなら、どんなことでもする、

そんな会社や人間ばかりだ。

そんな会社や、そんな会社の後押しをした政府が、

いま、日本の繁栄をつくりあげてやったのは、

じぶんたちだ、と胸を張っているのだ。

そうなのか、ほんとうにそうなのか。

それなら、見るがいい。

そんな企業を後押しにしてきた政府よ、

見るがいい。

誇らしげに、君たちが作り上げたという、

その世の中を 目をそむけないで、

はっきりと見るがいい

繁栄とは、なにか。

ゆたかな暮しとは、なにか。

君らが狂気のように作り出す工場の煙で、

ぼくらの空は、いつも重たく曇ってよどみ、

君らが平然と流し続ける廃液のために、

ぼくらの川と海は、いつも暗く腐って流れようとはせず、

君らの作ったものの出すガスのために、

ぼくらの木と草は、夏に枯れて、春にも花をつけない。

君らのために、ぼくらのまわりから、緑は失われ、

君らのために、ぼくらはいま、ちっぽけな土地に、

ちっぽけな家を建てる望みさえ絶たれ、

君らのために、ぼくらはいま、

食卓にのぼせる魚にも毒はないかと心を痛める

しかし、悔しいことだが、

こんなひどい世の中にしてしまったのは、

君らだけの罪ではなかったのだ。

悔やんでも悔やみきれないのだが、

君らが狂ってしまって、血眼になって、

もうけだけに走るのを、だまって見ていて、

止めようとしなかった、ぼくらも狂っていたのだ。

ぼくらは、もうずいぶんと長く生きた、

ぼくらは、もういい、

ぼくらは、もうどうなってもいいのではないか。

ぼくらは、自分のこどものために、

そのまた、こどものために、

ぼくらだけは、狂った繁栄とわかれて、

そこへ戻ろう、そこから出直して、

ぼくらは、じぶんのつくった罪を、

自分の手であがなってゆこう。

ぼくらの暮しをおびやかすもの、

ぼくらの暮しに役立たないものを、

それを作ってきたぼくらの手で、

いま、それを捨てよう。


『暮らしの手帖』編集長、花森安治が現在も生きていたら次のように言うのかも知れない。

『 人の力で制御出来ない原発と言う商品は商品とは言えない。

その商品を買って事故になれば人々の暮らしが出来なくなる。

人々の暮らしを奪う商品は「要らない商品」であり「愚劣な商品」である。 』 

今の日本では、ほんとうのことを嘘いつわりなく話し、みんなの暮らしを守ってくれる人物はもういないのだろうか。




『とと姉ちゃん』NHK連続ドラマでは『わたしの暮らし』の商品テストが始まります。




『わたしの暮らし』のモデル『暮らしの手帖』の商品テストは世の中に大反響を呼びます。

やがて人々は『暮らしの手帖』商品テストの推奨する商品を購入するようになります。

メーカーは『暮らしの手帖』商品テストに一喜一憂するようになります。

『暮らしの手帖』商品テストのどこが凄かったのか?





★商品テストの物量作戦

① 昭和44年の第99号「自動トースターをテストする」では、4万3088枚もの食パンを焼きます。

食パンの山、山、山

一企画のために用意した量ではありません。

テストではトースター33台を購入し、1台あたり2000枚ずつ焼いて、焼け具合や耐久性をテストしています。2000枚でも物凄い数ですが、家庭で一日2枚ずつトーストを焼けば、3年で到達してしまいます。

長く使える商品かどうかは、実際に大量に焼かないと分からない。

信じられない数の実験です。ここまでやらなくても…誰もが思います。

花森安治は「誰もがここまでやらなくても」と思った時、読者に雑誌への信用信頼が生まれると知っていたのです。

大量投入されたのは、食品だけではありません。

② 昭和41年発売の第87号。タイトルは「火事をテストする」

家の中で火を出してしまったときの対処法です。

「それを知るためには、じっさいに一軒の家を 燃やしてみるよりない」

えっ! 家を焼くの!

築15年の一軒家を購入。ふすまやカーペット、台所に火を放ち、何秒でどのくらい燃え広がるか、どんな消し方が良いのかを詳しく実験します。

家ごと燃やす必要あるのか?そこまでやらなくても?読者がそう思った時、花森安治はやった企画は成功だったと思ったのでした。




★商品テストは年単位

①昭和32年の第39号「コドモの運動靴をテストする」は、全国38組の親子に靴をはきつぶしてもらうまで、1年4カ月。

②昭和47年の第17号「蛍光灯をテストする」では、64本の蛍光灯の寿命をテスト。部屋で使い続け、半分が点かなくなりテストを終えるまで、2年6カ月

「普段の生活で使っている状態」でテストするのです。

電化製品のプラグの耐久性を調べるにも、必ず人間が5000回抜き差しするのが常でした。

「普段の生活で使っている状態」でなぜテストのるのか?誌面でこう説明しています。

暮らしの中では「(試験機械のように)行儀正しく真正面から、静かに入れたり抜いたりしているわけではない。それどころか、コードを引っ張ったり、斜めに差し込んでみたり。(中略)だから、実際の人間が5千回抜いたり差したりして、その結果を調べなければ無意味である」。

日本でなぜ『暮らしの手帖』だけが商品テストができたのか?理由はただ一つ花森安治が編集長だったからです。

花森安治の強烈な職人気質と個性が日本に『暮らしの手帖』と言う日本的ではない雑誌を作り上げたのです。

大橋鎭子も『暮らしの手帖』雑誌の編集は花森安治に全て一任しています。

商品テストにかけた物量と時間は、半端なものではありません。

いくら雑誌を作るためと言えどもテストのために必要な費用は莫大な金額でした。

大橋鎭子は花森安治を信用して会社の資金繰りを遣り繰りしています。

花森安治と大橋鎭子のコンビなくしては『暮らしの手帖』はありえなかったのです。



★商品テストの酷評

入念なテストの結果、性能があまりに不十分なものだったら。

花森安治は怒りを爆発させます。

「要らない商品」「いま、これを買うのは考えもの」など多彩な批判表現、もっとも激しい怒りを表す言い回しが「愚劣なる商品」。

「愚劣なる商品」ですか、花森安治らしい表現です。

ほんとうに花森安治が怒ってるようです。

昭和43年「食器洗い機」と昭和49「電子レンジ」が「愚劣な商品」と呼ばれます。

高価なうえ、いずれも食べ残しがすすぎ切れなかったり、十分に料理に役立たなかったりと、欠点が目立った。

中でも食器洗い機への怒りは強かった。

「手で洗えば10分くらいですむ仕事を1時間ちかくかけて しかも不完全に洗ってくれるキカイ」と酷評する。

『暮らしの手帖』の雑誌や商品テストをみると、その雑誌はすみからすみまで花森安治なのです。

花森安治
 
「僕は、編集には"独裁"が必要だと思っている。もちろん、プランはみんなで出し合うのだが、プランが定まってから表現までは、"独裁"がなければ、雑誌には個性が出てくない。チーズはチーズくさいから好かれるのである」

『暮らしの手帖』は花森安治くさいから世の中から好かれたのかも知れません。




『とと姉ちゃん』NHK連続ドラマ主人公小橋常子の『わたしの暮らし』はほとんど編集長、花山伊佐次 ( 唐沢寿明 ) 一人でなりたっている雑誌である。



モデルになった『暮らしの手帖』も花山伊佐次のモデル、花森安治の独壇場の雑誌である。

そのため、『暮らしの手帖』は良くも悪くも花森安治ワールドが前面にだされた雑誌となっている。

花森安治が好きなことを自由にやりたいように作った雑誌。

良く言えば、個性的な雑誌、悪く言えば偏見と独裁にみちた雑誌。

この点に関して花森安治は次のように述べている。

「僕は、編集には"独裁"が必要だと思っている。もちろん、プランはみんなで出し合うのだが、プランが定まってから表現までは、"独裁"がなければ、雑誌には個性が出てくない。チーズはチーズくさいから好かれるのである」

花森安治の作った『暮らしの手帖』は彼の独特の個性のかたまりだから好かれる。

『暮らしの手帖』の表紙から、一つ一つの文字にまで花森安治の職人としてのこだわりがでている『暮らしの手帖』はまさに花森安治くさいのである。

花森安治ファンが多く存在する理由である。

花森安治はまた文章は「話すように書く」と言う。
 
「文章は、削げば削ぐほど生きてくる」と言うのだ。

よい文章とは、自分の考えていることを、相手がそのまま受け取ってくれる文章のこと。

花森安治

「 いい文章を暗記しろ 」

と編集部員に言っていた。

花森自身も他人の文章を書き写した大学ノートを大量に持っていた。

『暮らしの手帖』の文章を読むと、今でもどの文章もわかりやすく読みやすい。

花森安治のおかげなのである。

暮しの手帖は、日本の商品テストのパイオニア。

「商品テストの」は、消費者のためではなく、メーカーにいい製品を作ってもらうことが目的。 

メーカーの名をあげて、商品の「いい、わるい」をはっきり書いた。

商品テストは、家電製品の普及とともに、テスト品目が増えた。

アメリカ製品の凋落

1972年、前二回のテストで結果の良かったGE製のスチームアイロンで、スチームの出ない不良品が多発した。

これがアメリカ製品と日本製品の品質が逆転していく境目となった。

日本製の品質が良くなったことに加え、アメリカ製の品質管理が悪くなってきた。 

日本製品の品質を支えたのは花森安治の雑誌『暮らしの手帖』の商品テストだったのかも知れないですね。




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