ケイのblog

愛媛県の宇和島出身。現在は横浜市で会社勤務。NHK連続ドラマ『エール』裕一(窪田正孝)音(二階堂ふみ)の主人公とその他ドラマ登場人物をモデル、古関裕而と妻金子の史実と時代背景を比較しながら、このブログでもっとドラマが楽しく見られたらいいなと思っています。

NHK朝の連続ドラマ『エール』■音の母、光子(薬師丸ひろ子)の台詞「二人が接吻しているのを見ちゃったの。汽車はもう走りだした。止まりません。…頭はダメって言ってるけど、心はいいって言ってるの。だから私は認める」こんな無茶苦茶な台詞。テレビドラマで観たことはありません。明かにテレビ劇場芝居■面白いです。私が勝手気ままに書いているブログです。でひ読んでみてください。

カテゴリ:あさが来た > 広岡浅子

「あさが来た」NHK連続ドラマ、今日の15分ドラマの中で、なぜか好きな場面はあさの退院を白岡家と銀行のみんなが並んであさを迎えるシーン。







春の来る前に、あさはようやく退院しました。


あさを迎える家族と銀行のみんなの姿が見えます。


みんな嬉しそう


突然


万歳!万歳! 万歳!


あさ


わぁ…。ハハッ。


新次郎


よっしゃ、行こ。


あさ


へぇ


万歳! 万歳!


その中に栄三郎役桐山さんの嬉しそうな顔


こっちまで嬉しくなってくる。


うまいな演技


最高の演技



桐山照史さん演じる白岡榮三郎の嬉しそうな顔を見ただけで、今日の「あさが来た」NHK連続ドラマを観て良かったと思ってしまった。







しかし、ジャニーズ桐山照史


アイドルなのに、とんでもない演技力だ。


NHKが栄三郎役にキャスティングした理由を次のように語っている。


桐山さんの演技の特徴をみると人間味溢れ観る人を惹きつける演技力があるからだと思います。



多くのドラマや映画に出演というわけではないのですが、逆にこれからの期待値がかなり伺えるのではないでしょうか?



ほんと、将来が楽しみなアイドル?役者さんです。

♪うさぎ うさぎ なにみて はねる
じゅうごやおつきさん
♪じゅうごやおつきさん みて はねる






新次郎


「 あさ? あさ。どこにも行ったらあかんで。」


「 わてなぁ、知ってる思うけど、あんたに惚れてます。あんたのする事なぁ、何でも応援したげる。何にも怒れへん。そやけどなぁ…わてより先に死ぬ事だけは、金輪際許さへんで。」


「 許さへん。わて、置いていったら、許さへんで…あさ!」


あさ

「 ん…。いやや…。」


新次郎


「 あさ。今、何か言うたか? 言うたな? 言うたやろ! ほれ、もういっぺん言うてみ!」


あさ


「 いやや…。まだ、死にとうない…。」


新次郎


「  うん…。うん! せや。せやろ!
ほれ、あんた、起き上がらな!」


「九転び十起きやろ? 」


「九転び十起き」!


「九転び十起き」や!


あさ


「九転び…十起き」。


新次郎


「 せや。九転び十起き!」


あさ


「九転び十…」。


あさ


「 うち、何してますの? 旦那様?」


新次郎


「 あさ…! あさ…。よう頑張りましたな。」


あさ、奇跡の生還でした。


「あさが来た」NHK連続ドラマ、不朽の名場面でした。


「あさが来た」NHK連続ドラマではあさは成澤泉モデル成瀬仁蔵の著書『女子教育』に共感し、女子大学校設立の計画に協力することを決意しました。その協力の方法もまた、実に「あさらしい」ものでした。







広岡浅子から成瀬仁蔵宛の手紙があります。


「 この機に乗じ、かねての目的、計画を進めるにあたっては、発起人組織の立ち上げが急務との内容を拝見して、すぐにでも帰阪したいと思うのですが、あいにく当方、事業着炭の期に際して、本月末遅くて来月上旬まで諸々用向きがあります。そのため、本月末か、来月上旬には必ず帰阪致しますので、それまでご猶予頂けないでしょうか。


もっとも発起人組織については私もかねがね考えており、意見もございまして、その他諸々申し上げたいこともあります。しかしながら来月上旬に帰阪するのを待つことで、ご計画に差し支えがあれば問題です。この手紙が着き次第、このように電報を頂きたいと思います。


「スグキハンアリタシ」


これをお知らせ下されば、当地の用務を予めそれぞれへ指示しておき、すぐに立ち返るつもりです。ただし、その際はまた折り返し九州に行かねばならぬこととなりますので、ご承知置き下さい。…帰阪の時は、私の及ぶ限りは尽力したいと思っております。」


広岡浅子から成瀬仁蔵 への手紙は、自分の仕事を置いてでも、電報が届けば、駆けつけ協力すると言う浅子らしい、なんとも凄い内容でした。









広岡浅子は自分の仕事以上に女子大学の発起人集めに邁進するのです。


「 女の執念、岩をも通す 」


浅子の尽力もあり、発起人組織づくりは順調に進みます。早くも明治29年11月には、東京に赴いていた浅子より、政財界の名だたる人物から協力の約束を取り付けたことが報告されます。



東京広岡御夫人よりの手紙


要件
公爵 近衛篤麿 賛助員承諾
侯爵 蜂須賀茂韶 同上
   渋沢栄一  同上
   大倉喜八郎 同上
甲武鉄道会社長 三浦泰輔
                       同上
以上五名賛助員


伯爵   土方久元 賛成員承諾
大審院長 南部甕男 同上
文部次官 牧野伸顕 同上
     栗塚省吾 賛成員承諾
以上四名賛成員


伊藤博文
西園寺公望
大隈重信
松方正義
以上四名 是迄賛成員ノ処今般賛助員承諾


侯爵夫人 伊藤梅子
伯爵夫人 大隈綾子
以上両名発起人承諾


当時の政財界の超一流のメンバーが発起人として賛同したと言う内容です。


「 広岡浅子、驚くべき決断の早さ、驚くべき実行力 」


どれだけの、労力と情熱を注いで、これだけの人たちから賛同を得たのか…全く、ただただ驚くばかりです。


広岡浅子


「 成功の秘訣は、その人に情熱があるかどうかにかかっている 」


まさに、広岡浅子の女性教育に向けた一途な情熱的活動でした。


クリームパンが食べたくなりました。







黄色のクリームがたまらなく恋しい。


人生がつまらなくなって、生きるのが嫌になったら


クリームパンを食べるといい。


パンから、とろっととろけ出る黄色のクリーム


甘い温かさで


冷たい心を温めてくれる。


こんな美味しいパン


クリームパンは誰が作ったの?









新宿中村屋の「相馬黒光」です。


「そうま…くろ…ひかり」?


えっ?


いえ、いえ


「そうまこっこう」と読みます。


面白い名前です。


男性の方?


いえっ、美しい女性です。


「相馬黒光」はペンネーム


本名は相馬良( りょう )と言うんです。



「黒光」のペンネームは「溢れる才気を少し黒で隠しなさい」と言う意味なんです。



相馬黒光はある日、初めてシュークリームを食べてその美味しさに驚きます。


クリームをパンの中に用いたら、一種新鮮な風味が加わって、美味しくなる。



明治37年にクリームパンを作って、店に出してみるとこれが大好評となりました。



中村屋のクリームパン、作っても作っても飛ぶように売れたと言います。



相馬黒光が作ったクリームパン



今も、パン屋の店先に並んでいます。



クリームパンにも、長い歴史がありました。


加害者も被害者も少年だったこと、加害者が行った行為の残虐性故に世間の注目を浴びていた裁判が横浜地裁で開かれた。







当日の横浜地裁は、その裁判の弁論を傍聴しょうとする人で溢れかえっていたと言う。


2月11日、川崎・中1殺害 リーダー格、懲役9~13年 横浜地裁判決の判決が下された。



少年の犯した犯罪であり、ある程度軽い刑罰になると予想はしていたが、予想以上に軽い刑罰であった。


これが司法制度の限界か?



上村君父「刑は軽すぎる」、リーダー格少年に懲役9年以上13年以下の不定期判決に…。




判決に対して、私の周りのほとんどの人が、この事件に関しては加害者の行った罪に対して、下された刑罰が軽過ぎると言う話しをしていた。



まさに、それが世間一般の正直な感想であろう。







「あさが来た」NHK連続ドラマ主人公あさはドラマでは萬屋与左衛門に刺され病院に入院することになる。








あさのモデル広岡浅子は雑誌の中で次のように述べている。

  
 「 一週一信 」  広岡浅子

「その罪を憎んでその人を憎まず」という古の諺は、一面において大いなる教訓のあることは誰も否むことができない。


今日の社会を見ると、この諺の余弊が深く浸潤していはしまいか。即ち義と不義とが玉石混淆というような状態になっていはしまいか。凡て罪なるものは人間を離れてありうべきものではない。


道徳意識を有する人間を離れては、いかなる行為もいかなる思いも罪とはならないのである。例えば、鳥や獣がいかなることをしょうが、それは罪ではない。即ち彼らには道義といい、その本質たる人格なるものがないからである。


今日の頽敗せる社会において、正義を徹底せしめようとするならば、どこまでも罪をにくみ、更に罪を犯す者をにくまなければならない。罪を犯す者をそのまま放っておくならば、社会の改善文化の普及ということは望まれない。



しかのみならず、社会の清潔九歳というような根本的な仕事は徹底的にはできないのである。吾々はどこまでも、偽善者を責め、その罪の出づる人を憎まなければならない。赦すわけにはいかない。



けれども彼が改悔した暁には歓んでこれを受け入れなければならない。私は今日の社会各方面の徹底せざる生活を見て特にこのことを感じるのである。



一週一信は大正6年中、関西の某週刊雑誌に、九転十起生(きゅうてんじっつきせい)の名をもって寄稿したものでありました。






私も、広岡浅子の言う通りだと思う。
まず、1番に考えなければならないことは、道徳を持った人間を育てなければならないこと。



こんな残虐性を持った人間を生みだした社会のありかたを考えなければならないのではないか。



アニメやゲームや映画では残虐性のある場面やシーンが伸ばしになっており、子供たちは、そんな環境の中育てられてきている。



子供を放置していれば、真っ直ぐな心を持った人間が出来ると言うことはない。親の背中を見て育てれば、真っ直ぐな人間に育つ、そんなこともないのである。



小さな子供の頃から、子供にしっかりした道徳を持たせる、そんな教育の環境を社会が早く作る必要があるのだとそう思う。

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