ケイのblog

愛媛県の宇和島出身。現在は横浜市で会社勤務。NHK連続ドラマ『エール』裕一(窪田正孝)音(二階堂ふみ)の主人公とその他ドラマ登場人物をモデル、古関裕而と妻金子の史実と時代背景を比較しながら、このブログでもっとドラマが楽しく見られたらいいなと思っています。

NHK朝の連続ドラマ『エール』■音の母、光子(薬師丸ひろ子)の台詞「二人が接吻しているのを見ちゃったの。汽車はもう走りだした。止まりません。…頭はダメって言ってるけど、心はいいって言ってるの。だから私は認める」こんな無茶苦茶な台詞。テレビドラマで観たことはありません。明かにテレビ劇場芝居■面白いです。私が勝手気ままに書いているブログです。でひ読んでみてください。

カテゴリ:あさが来た > 広岡浅子

『あさが来た』NHK連続ドラマも撮影は既にクランクアップして放送も今週で終了となります。



なんだか毎日楽しみにしていた朝ドラが終了するのはほんと寂しい気がします。



ドラマは明治34年の大阪金融恐慌を無事切り抜けた加野銀行も、3つの生命保険会社を合併して出来た淀川生命も順調に成長しています。








★ドラマを実際の史実とともに見てみたいと思います。



淀川生命の史実モデルは大同生命です。



1902年(明治35)年大同生命の創業がなされています。



ドラマの中の



白岡栄三郎こと広岡正秋が58歳



白岡新次郎こと広岡信五郎は61歳



白岡あさこと広岡浅子は54歳となっていました。



明治維新では主人公あさは19歳だったんですが、もう54歳の晩年です。



ドラマとは言え、本当に早いです。









主人公のあさ( 波瑠 )とご主人新次郎( 玉木宏 )の髪も白くなってきて老人風のメイクになっています。



女優の波瑠さん実年齢24歳



波瑠朝ドラ主演!本名は?鼻は整形?熱愛彼氏や結婚?高校や学歴?



男優の玉木宏さん実年齢は36歳


玉木宏(たまきひろし)



現在では主人公あさは女優の波瑠さんより31歳も年上になってます。



ドラマでは主人公あさ( 波瑠 )だんだんと老けて風格も出てきたようです。



女優の波瑠さん以前とは見違えるようにどっしりとした落ち着いた演技になってます。



女優玻瑠さんが主人公あさを毎日毎日演じ、波瑠さんもあさと一緒に成長したからなんでしょう。








★加野屋史実モデルは加島屋の事業をより盤石なものとするために事業の継承者を考える時期に来ていました。



広岡浅子は成瀬仁蔵に婿養子の紹介を依頼していました。


お見合は東京の能楽堂で行われています。


「あさが来た」あさの娘、広岡亀子と東柳啓介、工藤阿須加のお見合い、そして結婚




千代( 小芝風花 )こと広岡亀子の娘婿として、事業継承者として迎えた人物が、子爵・一柳末徳の次男、一柳恵三( 工藤阿須加 )です。




家柄といい、期待される能力といい、加島屋事業継承者として相応しい期待される能力といい、事業継承者として相応しい人物でした。



広岡恵三は1901(明治34年)、東京帝国大学在学中に亀子と結婚しています。



なんだかドラマとは随分違っています。



『あさが来た』NHK連続ドラマでは千代と東柳啓介を恋愛ドラマにしたてあげています。



脚本家大森美香さんの美しいロマンティックな話しで大好きなんですが…。



残念ながら千代の初恋、白馬の王子様『りんごの君』のドラマは大森美香さんの創作のようです。







★1904年(明治37年)7月、主人公あさのご主人新次郎こと広岡信五郎が64歳でこの世を去ります。




喉頭がんによる闘病の末の死だったようです。



広岡浅子最大の理解者である夫信五郎の死を転機に、浅子は事業を娘婿の恵三に任せて一線から身を引く決意を固め事業から引退します。



『あさが来た』NHK連続ドラマの主人公あさのご主人新次郎さんも史実では大同生命が出来た2年後に亡くなります。



なんだか次々とドラマでは登場人物がお亡くなりになられるのが寂しいですね。



さあ、明日からドラマは最終章になって行きます。



どんなドラマが展開されるのかますます楽しみです。





『あさが来た』NHK連続ドラマ、主人公あさの旦那新次郎( 玉木宏 )の最近ようすがへんですね。なんだかいつも体調が悪いようです。







新次郎の史実のモデル広岡信五郎さんは、明治37年63歳でこの世を去ることになります。



なんだかショック‼︎



新次郎さんも亡くなっちゃうんですね。



人間誰でも死のはわかるんですけど毎日見てきた人が亡くなるのは心のどこかが欠けていく気になります。



女子大学校の開校が明治34年ですからその3年後に新次郎は亡くなられます。



あと、わすがな時間しかない。



いつまでも優しいイケメンの元気な新次郎がいるものとばかり思っていました。



新次郎の名場面



「・・・ほんまアホやなぁ、あんたは」



「あんたの代わりになるような女子はおりますかいな」



「あんたほど、心の中が女らしい女子をわては知らん」



と目をじっと見つめ呟く



「・・・行こか」



と手を差し伸べる新次郎。



手を繋いで帰ろうとする際に、新次郎が傘をさすのだします。



ほんま『ガールズキラー』です。



新次郎名シーン







新次郎の体調悪化には「糖尿病」との説があります。



「味が変わった・・・」はその前兆の味覚障害が始まったのでは…。



友達だった五代友厚も糖尿病で亡くなっています。



昔も今も糖尿病は恐い病気です。







ドラマのシーンで有田のはつから送られていました。



このみかんが糖尿病に良いそうです。



ミカン、糖尿病予防に効果 生活習慣病のリスク抑制




新次郎さん有田に行って、毎日みかんを食べれば元気になるのではないか。



なんて考えました。



みかんは身体に良いようですよ。



いつまでも、元気な新次郎を見ていたいものです。





『あさが来た』NHK連続ドラマもあと残すところわずかになりました。もう直ぐお終いになるかと思うとなんだか寂しくなります。


ドラマでは大阪の銀行での取り付け騒ぎもひと段落し、加野銀行はなんとかこの難を生きのびることができました。


やがて、その間に準備を進めていた保険会社の合併先が決まります。従来の「加野生命」に「福豊生命」と「古川生命」の三社が合併し、新たに「淀川生命」として誕生します。



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★史実ではどうだったのか


加島屋は以前から保険事業を手がけ「朝日生命」(明治28年設立。現在の朝日生命とは無関係)を所有していましたが、わずかながらも欠損が出ており、事業として上手くいっていたわけではありませんでした。


1901年(明治34)年時点で認可を受けた生命保険会社は39社。保険の意義・必要性が未だ十分に認識されていない時代であるにも拘らず、保険会社の数は多すぎて需給のバランスを失っていました。


明治政府、農商務省は多すぎる生命保険会社を合併により整理統合することで、業界全体の財務基盤を整備するという方針を示しました。


『 微力なる保険会社が個々分立し過大の費用を抛ち被保険者の募集に競争するは各自の不利益にして、その合併せん事は当局者も熱心に希望するところなり』


大阪朝日新聞、明治34年11月1日記事


朝日生命は他社との合併を目指し、その責任者として同社副社長の中川小十郎が指揮を執ることとなります。


「朝日生命」         (明治28年設立)
「護国生命」       (明治29年設立)
「北海道生命」   (明治31年設立)


中川小十郎は3社の合併に漕ぎつけます。


合併契約書前文


『 内外の情勢に鑑み、分立競争の弊を避け、経費を省き、基礎を強固にし、被保険者並びに会社の利益を保護増進せんがために、ここに三会社の合併を協定したり』


7月15日に創立総会が開催され、新会社として「大同生命保険株式会社」が創業します。


初代社長には加島屋当主・広岡久右衛門正秋が就任し、資本金30万円(6千株)、保有契約高1千万円( 現代だと2000億円 )という、当時有数規模の生命保険会社としてスタートしました。




大同生命はこの合併により保険商品の品目が増加。その魅力的な商品構成もあり、客足は伸びていきます。


また、医学の進歩により寿命が長くなったと、社会の工業化により各種事故のリスクが増加したことなど、世の中の保険に対する需要の高まりを受けて経営は安定。


大同生命は加島屋を支える大きな事業に成長していきます。


広岡浅子と大同生命の関係を大正8年の『保険銀行時報』では以下のように述べています。


『 現時の大同生命は朝日、護国、北海三生命保険会社の合併しあるものにして、また朝日生命の前身は真宗生命と称し、仏教の隆盛なる名古屋においてその本社を有したり。


而してこの真宗生命を買収して朝日生命と改称し、本社を京都に移したるは誰れあろう、広岡浅子なり。


渺( びょう )たる一婦人の身を以て、保険業の未だ発達せざる時に未だ発達せざる時に、斯業の向上発展すべきことを予想し、会社を買収したる遠謀達識は、有髭( ゆうし )男子を後ろに撞着たらしむる概ありというべきなり。


浅子刀自(とじ)は斯くの如くにして真宗生命を買収し、斯くの如くにして、中川小十郎氏と朝日生命を組織し、斯くの如くにして大同生命の基礎を築き上げたり。


川中島を流れる千曲川あらざれば、何ぞ滔々(とうとう)たる信濃川あらんや。


もしもし現時の大同生命をもって信濃川に擬すべしとすれば、浅子刀自ははるかにその上流たる千曲川に相当せりといわざるべからず。


されば刀自と保険とは多大の関係ありというべく、ある意味において刀自はある意味において刀自は子を産まざりしも、大同生命を産みたりということを得べし。』


刀自:年輩の女性を尊敬して呼ぶ語


『 現時の大同生命をもって信濃川に擬すべしとすれば、浅子刀自ははるかにその上流たる千曲川に相当せりといわざるべからず。』


とは面白い表現ですね。


広岡浅子は五代友厚の言っていたまさに『ファーストペンギン』でした。





広岡浅子は1914年(大正13年)御殿場にある二の岡・広岡家の別荘に若い有能な女性たちを20名ほど集め勉強会を始めます。



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『浅子の御殿場での夏期勉強会』です。



 最初は日本女子大学校の学生を中心に開催した合宿でしたが、回を重ねるごとに、参加者はさまざまな分野の女性が参加しました。



もちろん田村亘、のぶちゃんも参加していました。



メガネののぶちゃんは史実では井上秀その後、日本女子大学4代目校長となり成瀬仁蔵とともに家政学の確立に尽力しました。




後に政治家として女性参政権に尽力した市川房枝さんもその一人です。



市川房枝さんが勉強会について次のように語っています。




「このグループの中には後年私の友人となった日本基督教婦人矯風会幹部の守屋東氏、群馬の東洋英和の先生であった安中花子(のちの村岡花子)氏がいた。



また、のちに婦人矯風会の幹部となり、同志として運動を一緒にした千本木道子氏は、当時広岡女史の秘書をしていた。



変な格好をしていたらしい田舎の女教師の私は、ここで守屋氏から着物の着方、帯のしめ方を教えられたのであった。」


(『市川房枝自伝 戦前編』、1974年)



市川房枝さんの文章にも登場するように、2014年NHK連続ドラマ「花子とアン」の主人公村岡花子さんも参加しました。



花ちゃんはみなさんもご存知の通り『赤毛のアン』『イソップ童話集』で有名な女性翻訳家の草分けとなっています。



村岡花子さんは勉強会について次のように語っています。



「私は日本のティーン・エイジャーの読むものについて非常な不満を持っていた。それは若い人たちがわるいのではなくて、適当なものがないのだ。



自分はどうかしてこれらの書物を日本の若い人たちに与えたいと、そもそもそういう決心をしたのはあの二の岡の森の中であった。」


「父母教室」(村岡花子『随想 夏のおもいで』、1964年)




女性ジャーナリストとなった小橋三四子(読売新聞記者、後に婦人週報創刊)等がこの勉強会に参加しています。



いろんな人が広岡浅子さんの『浅子の御殿場での夏期勉強会』に参加されたようです。


 
広岡浅子の勉強会の参加者にこれからの時代の女性像について語り合いました。



広岡浅子は参加者に



「一個人の目先ではなく、社会のために生きることの必要性」



「個人個人が社会のために為すべきことに、男女の別などは存在しない」


と説いたのでした。



この御殿場での夏期勉強会は、1914年(大正3年)から浅子が亡くなる1919年(大正8年)まで御殿場二の岡の広岡別荘で開催されました。

 

広岡浅子



『 遺言はしない。ふだん言っていることがすべて遺言 』



浅子は自分の持っているもの全てをこの御殿場での夏期勉強会で次の時代の女性たちに引き続いだのでした。





『あさが来た』NHK連続ドラマの主人公あさのモデル広岡浅子さん1908年に日本女子大学の同窓会誌で



★「今日、我が国に20億円( 2兆6000億 )の国債があることは誰でも知っているでしょうが、それを返済する方法について、あなた方の中で答えられる人がいるでしょうか。」



と問いかけています。









当時、日本は日露戦争のための国債発行で、財政が悪化していました。



浅子は、家庭は重大な社会国家の要素であり、だからこそ一家の主婦の責任は重い、と語ります。



「台所のことばかり考えて家の中にくすぶっていないで、着眼点を大きくすべきです。」



とは、主婦をはじめ、女たちにはなんとも耳の痛いメッセージです。









★現代に於いてもその当時をはるかに超えた1044兆円国債が有ります。


日本国の借金1044兆円(15年度末)。国債格下げ相次ぐ。




財務省は10日、国債や借入金、政府短期証券などを合わせた「国の借金」が2015年12月末時点で1044兆5904億円だったと発表した。


今年1月1日時点の総務省の人口推計(1億2682万人)で割ると、国民1人あたり823万円の借金に相当する。








★もし、広岡浅子が現代の国民や女性に同じような問いかけてをしたら


「それを返済する方法について、あなた方の中で答えられる人がいるでしょうか。」


あなたは答えられますか?


★私なりに考えてみました。

①  例えば、消費税を上げてみたら


国の借金1000兆円に 消費税何%にしたら減らせる?


 
「でも来年4月から消費税を5%から8%へと3%分も上げるのだから、これから減っていきますよね」。章司が聞くと、柴崎さんは首を振った。


「今回の消費増税も、増えた税収の大半は財政赤字の穴埋めに消えます」。消費増税で税収は毎年8兆円増える見込みだが、年金の財源不足や高齢化による医療・介護費の自然増を賄うのに充てると、ほとんど残らないという。」


なんと消費税で30%以上の負担が必要だと言われています。


②  国債は借金ではないんだ。国も国債の受取人も国民も全て同じ日本の中でのことなんだからバランスが取れているので問題が起きない。


麻生太郎氏による「日本の借金」の解説が超わかりやすい 「経済をわかってない奴が煽っているだけ」


麻生 いやしかし、そんなこと言ったって「財政が破綻する」と大蔵省が言ってます、っていうけれども、15年前、武村正義という人がいて、いや、まだ生きておりますが、時の大蔵大臣、細川内閣で働いておられたんだが、「財政破綻宣言」っていうのを言ったんですよ。


その時日本のGDPは500兆です。今とほとんど変わりません、500兆。いいですか。その時の国債発行高は450兆だった。今は900兆ですからね。あの頃は今の半分よ。稼ぎは500兆、変わらず。でも破綻してないじゃない。


しかし、誰が考えてもこのまま継続して国債が増加するとやがて金利の返済さえも出来なくなるのは当然のことである。


この話しは話しのすり替えだけです。
国は国債で借金しているし、国債の相手が銀行にしろ生保にしろ借金は返済しなければならないし、金利も返済しなければならない。

いままで国が破綻しなかったって、いつ破綻するかわからない。


国が支払い困難であれば当然、国民が負担しなければならなくなる。


③ 国債を有している銀行や生保の金利支払を法人税の減免と相殺する。


と考えてきたが、根本的にはうつ手がない。


なかなか難問である。


★私はふと考えた、何で日本の国債はこんなに増えたのか?


それは、しっかりと財布を握る母親が日本にはいないからである。


男性の政治家ばかりが自己利益しか考えず、むやみに国の国債を拡大させたのだと…。


お金に関しては男性より女性の方が優れている。


女性は男性に比較して妥協がない。


決して借金を許さない。


日本に女性の財務大臣や総理大臣が出来れば、国の国債問題は案外早く片づけられるのではないかと思うのです。

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