NHK連続ドラマ『エール』は最終回が終わってしまった。なんだろう、なんか忘れものをしたような。『エール』ロスか?

 しかし、ドラマ『エール』は今での朝ドラとは何かが違っていた。

 古関裕而夫婦の物語をモデルにしたフィクションどらまなのだが、史実とは全く違っていた。

 なんせ登場人物もモデルとは違う。そう似ていなかった。

 古関裕而はお酒も飲まない、いつも物静かな落ち着きのある人物だった。古関裕而と俳優の窪田正孝とはタイプが違っていた。

 友人のプリンス久志は山崎郁三郎とモデルにした伊藤久男は豪放磊落なタイプであり、繊細な山崎郁三郎とは全く違っていた。

 ドラマを史実に合わせようとしていないのが今回の『エール』だった。

 ドラマと史実が似ていたのは大筋と代表曲の名前ぐらいのものだ。しかも作曲された順番やヒットした歌手が違ったり、もういい加減。全くいい加減なドラマ。

 しかし、面白かった。笑いあり、涙あり感動あり。さらに音楽が良かった。古関裕而の作曲した曲だから当然なのかも。それを歌う俳優陣の歌が素晴らしい。

 山崎郁三郎、二階堂ふみ、柴咲コウ、薬師丸ひろ子、井上希美等の俳優陣の歌がドラマの展開、展開で聞けて心地良かった。

 ドラマというのは、フィクションですから、史実と違っていい加減でもいいのか。

 ジェームス三木さんは、「脚本家の才能は嘘つきだということ」と述べていた。

 上手な嘘を作るのがフィクションの世界、ドラマの世界ではあり「ドラマは嘘つき」だとも言っている。

なるほど、ドラマは嘘つきなのか。

そう言えば、『エール』に出て来た池田二郎モデルの菊田一夫も脚本家でした。

 彼の作品「鐘の鳴る丘」も「君の名は」も創作。言いかえれば嘘のかたまりです。

 ただ嘘だからでたらめを言えばいいというものでもありません。みんなが納得するものでなければ。

 「大きな嘘はいいが小さな嘘はダメ」細部に本当のこと、ちゃんとしたものを入れることで、大きな嘘が真実になるのです。

 最低の常識や知識、教養を持ち合わせていない人の嘘は、すぐにばれてしまいます。

 ドラマ『エール』はどうでしたか。かなり戦争のシーンもリアルだっし、あちこちとちゃんとした真実が入っていました。嘘の部分を昭和の映像を流して真実ぽくしていた。

嘘だとわかっていてもドラマに入ってしまった。

 また、主人公、古山裕一役、窪田正孝と音役、二階堂ふみがしっかりと安定した演技をしていた。そして周りの俳優陣も、父親唐沢寿明、母親薬師丸ひろ子、姉松井玲奈みんな存在感があり、リアルな家族を描いてみせた。

 古山家の隣の喫茶店バンブーの野間口徹と仲里依紗、こんな喫茶店ないなと思いながらも、あれば楽しいだろうなと思ってしまった。

 さらに、友人のプリンス久志山崎郁三郎と鉄男の中村蒼、ミュージックティチャー御手洗の古山雄太。ドラマの日常生活で格好つけて歌ったり踊ったりした。こんなの普通はあり得ない。ただ、さまになっていたのだ。こんな友人や知人がいたらいいなと思ってしまった。

 結局、脚本家によって創作されたドラマにいつのまにか魅せられていたのです。

 NHK連続ドラマ『エール』は史実の古関裕而夫婦の物語とは全く違った音楽家の世界を描いたドラマとしてお茶の間のテレビドラマを観ている人々を夢中にさせた。

 菊田一夫から続く涙あり、笑いあり感動ありの脚本ドラマとしては良い作品だったと最後は納得してしままった。

 これでNHK連続ドラマ『エール』も見ることが出来なくなるかと思うと一抹の寂しさを感じざるを得ない。