古関裕而のもとに開会式用の曲の依頼があったのは、昭和39年2月。オリンピック組織委員会とNHKからの「日本的なもの」という注文に対して、古関は雅楽や民謡を取り入れることを考えた。

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 「日本的なもの」とは何だろうか。

 戦後、アメリカの占領になり、今までの日本はどんどんと変わってきた。すなわち、日本的なものを破壊することで西洋的な発展をしてきた。古い日本から新しい日本に生まれ変わろうとしてる時代でした。

 日本に於いて普遍的なものはなにか。たどり着いた結論が日本国歌「君が代」でした。約2600年の歴史を持つ日本の延々と続く日本人の底にあるものとして選んだのでした。

 しかし、そこにはいろんな葛藤もあったのも事実です。国家のため召集された人々が戦争で多くの犠牲となったのですから、しかし戦争で傷ついた人たちを励まし、勇気づける曲を作ることが、自分の責務だと思ったのでした。東京オリンピックマーチの演奏の一番最後に 君が代のメロディーを挿入したのでした。

 曲の最後に「君が代」の旋律が挿入されています。漫然と聞いていると気付かないかもしれないですが、「オリンピック・マーチ」を聞く時は、注意深く耳を澄ませてみて下さい。

 この手法は戦前のスポーツ音楽の雄、山田耕筰が、昭和7年に開催されたロサンゼルスオリンピックのために作曲した、派遣選手への応援歌『走れ大地を』で取り入れたテクニックでもありました。

 山田耕筰に憧れて作曲家になり、自分のペンネームの中に昭和天皇の名前「裕」を入れ、日本国のため日本国民のために全ての力を出して作曲したのでした。

 そうして、作曲が完成すると古関裕而は大変興奮し、そして、苦心して曲ができあがった時、「会心の作だ」と言ったそうです。

 1963年東京オリンピックはまさに日本の生まれ変わった姿を全世界にアピールする絶好の場面となったのです。

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東京オリンピックの開催宣言

安川第ゴロ東京オリンピック組織委員会会長挨拶

待望久しい第18回オリンピック競技大会が本日より15日間にわたり、開催されることになりましたことは誠に喜ばしい限りであります。あたかも本年は近代オリンピック復興70周年に当たりますのでこれを記念し皆様と共に近代オリンピックの父、クーベルタン男爵のありし日の声を傾聴して氏の偉業を追想したいと存じます。・・(ここでピエール・ド・クーベルタン男爵のメッセージを録音したテープが流れる)・・オリンピック東京大会はアジアで開催される初めての大会でありますが、幸いこれまでにない多数の選手団の参加をみましたことは誠にご同慶にたえない次第であります。願わくはオリンピック精神に則り、正々堂々たる競技が展開されることを期待してやみません。最後にここにおられる国際オリンピック委員会のアベリー・ブランデージ会長から天皇陛下に第18回オリンピック競技大会の開会宣言を賜りますようお願いしていただきたく、ご依頼申し上げます。

アベリー・ブランデージ国際オリンピック委員会(IOC)会長挨拶

ワタクシハ 1896ネン ピエール・ド・クーベルタン ダンシャク  ヨッテフッカツサレタ キンダイオリンピック  ダイ18カイ キョウギタイカイ  カイカイセンゲン ココニツツシンデ テンノウヘイカ  オネガイモウシアゲマス

(私は1896年ピエール・ド・クーベルタン男爵によって復活された近代オリンピックの第18回競技大会の開会宣言をここに謹んで天皇陛下にお願い申し上げます。)

昭和天皇開会宣言(午後258分)。

18回近代オリンピアードを祝い、ここにオリンピック東京大会の開会を宣言します。

終わりに

 NHK連続ドラマ『エール』では、主人公古山裕一が「東京オリンピックマーチ」を作曲するところまできました。今回の朝ドラもそろそろ終わりとなってきました。

最後に「東京オリンピックマーチ」の作曲で来年の東京オリンピックを迎えることになるなんてNHKさんもなかなかいきなことをやるもんですね。

 日本では寒くなってきて、コロナが増えていますが、あとは来年無事に東京オリンピックを迎えられることを祈るばかりです。