NHK連続ドラマ『エール』では主人公古山裕一と池田二郎がNHK連続ドラマ『君の名は』をコンビで作ることになります。

 古関裕而と菊田一夫がコンビで作ったNHK連続ドラマ『君の名は』は敵わない恋、禁じられた恋をドラマとして大ヒットしますが、最初はドラマは社会派ドラマとしてスタートし、登場人物は、戦争未亡人や戦災孤児、元軍人、娼婦ら当時の社会を反映したものでした。

 当初、あまり人気の出なかったこのドラマは、「半年も過ぎた頃(ころ)から大変な人気となり、2人のすれ違いに聴取者の同情が集まり」(自伝『鐘よ 鳴り響け』)、菊田一夫の筆は2人の純愛物語へと軸足を移していったのです。

 こうした路線変更について菊田は、「戦後5年も経(た)てば国民の戦争に対する気持ちも次第に変化してきている。社会性を持たないものの方がかえって大衆受けをする」(小幡欣治著『評伝菊田一夫』)と確信、以後の作品づくりの基本となりました。

 「君の名はと尋ねし人あり/その人の名も知らず/今日砂山にただひとり来て/浜昼顔に聞いてみる」との切ない哀愁漂うメロディです。

 第一部めぐり逢いの東京、情熱の鳥羽、そして別離の佐渡へとさまよったふたりの純愛。

 第ニ部では雄大な北海道へと舞台は移り、眞知子と春樹の波乱のドラマはなおも続いていく。心ならずも他の男と結婚してしまい、子を宿してしまった眞知子。それを知った春樹は、傷心を抱いて北海道へ。

 第三部では東京へ帰った真知子は、離婚調停。九州雲仙とヨーロッパに別れ、最後は東京の病院で会う二人。

 『君の名は』 作詞:菊田一夫

       作曲:古関裕而

1番目は佐渡

君の名はと たずねし人あり

その人の 名も知らず

今日砂山に ただひとりきて

浜昼顔に きいてみる

2番目は東京

夜霧の街 思い出の橋よ

過ぎた日の あの夜が

ただ何となく 胸にしみじみ

東京恋しや 忘られぬ

3番目は志摩

海の涯に 満月が出たよ

浜木綿の 花の香に

海女は真珠の 涙ほろほろ

夜の汽笛が かなしいか

 『君の名は』の歌の通り、戦後の日本の各地を転々とし、すれ違いを繰り返す2人のドラマは終戦後の焼け果てた日本の復興と戦争で叶わなかった女性たちの恋愛をなんとかドラマの主人公春樹と真知子に結ばれて欲しいとの思いが1954(昭和29)の『君の名は』の大ブームとなったのでした。

 ラジオドラマは舞台を変え、ご当地ソングのはしりとなりました。

 この放送を聞くために「毎週木曜日の夜8時になると、銭湯の女湯が空になる」とのまことしやかなキャッチコピーが生まれたのは、菊田の傑出した作品展開と叙情あふれる古関メロディーによるものでした。

 春樹と真知子、数寄屋橋と『君の名は』は昭和の名ドラマとしていつまでも語り継がれ、主題歌は歌われ続けましたが、65年経った今では数寄屋橋の菊田一夫筆『数寄屋橋此処にあり』の碑も誰も振り返る人もいなくなってしまいました。

 50年の時の経過は、ほとんどの記憶も、形跡も無くなってしまうものなのです。

『多くの忘却なくしては人生は暮らしていけない。』

byバルザック