NHK連続ドラマ『エール』では佐藤久志(山崎郁三郎)が酒浸りの状態から、夏の甲子園の大会歌「栄冠は君に輝く」を歌い上げて復活するまでを描かれていきます。

 1948年(昭和23年)学制改革にともない名称も新しく全国高等学校野球選手権大会となりました。

 これを記念して大会歌をつくることになり、朝日新聞社が全国から歌詞を募集しました。

「全国高等学校野球選手権大会歌募集」

 朝日新聞に「全国高等学校野球選手権大会歌募集」が紙面に載りました。

image


 『我が国スポーツの最大行事である全国中等学校優勝野球大会が学制改革に伴い今年から高等学校に切り替えられることになったのを機会に、新しく「全国高等学校野球選手権。大会」の歌を次の規定で募集します。30年の長い歴史を誇るこの大会の精神と伝統を守りつつ、しかも新しい時代ととに発展させて行きたい念願です。』

 その結果、5,252の作品が集まり、入選したのは金沢貯金支局勤務の加賀道子さんに決定しました。

 紙面ではさらに、『なお、作曲はラジオ「鐘の鳴る丘」で全国的に親しまれている作曲家古関裕而氏に依頼することになった』と載っています。

新聞に入選の歌詞

「栄冠は君に輝く」

雲は湧()き 光あふれて

天高く 純白の球 今日ぞ飛ぶ

若人よ いざ

まなじりは 歓呼に答え

いさぎよし 微笑(ほほえ)む希望

ああ 栄冠は 君に輝く


風を打ち 大地を蹴()りて

悔ゆるなき 白熱の力ぞ技ぞ

若人よ いざ

一球に 一打に()()けて

青春の 讃歌を綴(つづ)

ああ 栄冠は 君に輝く


空を切る 球の命に

通うもの 美しく匂える健康

若人よ いざ

緑濃き 棕櫚(しゅろ)の葉かざす

感激を 目蓋(まぶた)に描け

ああ 栄冠は 君に輝く

 作詞は最初加賀の妻の名義で応募したが、後年大介名義に変更された。

 これが入選した「栄冠は君に輝く」です。

 古関裕而は「雲はわき」の一節から始まる叙情詩にどう曲をつけるべきか悩みました。

甲子園球場のグランドでメロディが湧く

 この時、高校野球にふさわしい曲想を練ろうと、古関がひとり甲子園を訪れています。

 古関裕而

 「無人のグラウンドのマウンドに立って周囲を見回しながら、ここにくり広げられている熱戦を想像しているうちに、私の脳裏に、大会の歌のメロディーが湧き、自然に形付けられてきた。やはり球場に立ってよかった」と述べています。

 彼は甲子園球場の壮大なグランドに一人立ち、誰もいないスタンドに目を上げ、空を見ると、青い空には白い雲が見えたのです。

 ♪雲が湧き ♪光溢れて

 自然に古関裕而の頭にはメロディが湧いてきました。

 この時に出来た曲が「栄冠は君に」の曲になったのです。

 そうして『栄冠は君に輝く〜全国高等学校野球大会の歌〜』(作詞:加賀大介、作曲・編曲:古関裕而、歌:伊藤久男・コロムビア男声合唱団、録音:194962194971日、日本コロムビアより販売されたのでした。

昭和23年はまさに古関裕而の年

 1947(昭和22)75日土曜日の午後515分よりラジオ からは「鐘の鳴る丘」の主題歌「とんがり帽子」が放送され、終戦後の娯楽のない時代に人々は家庭や街頭のラジオで耳を澄ませて聴きいっていました。♪鐘がなりますキンコンカン

当時の国民の90%の人が聴いた!と言ったぐらい大ヒットしました。

 1948(昭和23)NHKラジオ放送「鐘の鳴る丘」の主題歌「とんがり帽子」が選抜高校野球行進曲となっています。

 映画館では松竹より「鐘の鳴る丘 㐧一篇 隆太の巻」(1948年(昭和23年)1123日)が放映され、それの劇中歌全てを古関裕而と菊田一夫のコンビで作っています。

 しかも朝日新聞募集「全国高等学校野球選手権大会」の大会歌を作曲しています。

 古関裕而の昭和23年は仕事に邁進した一年でした。