NHK連続ドラマ『エール』では主人公古山裕一が長崎に行き、医師の永田武(吉岡秀隆)と会い、再び作曲活動をスタートさせました。その最初が『長崎の鐘』でした。

 永田武の史実のモデルは永井隆です。永井隆は医学博士であり敬虔なカトリック信徒でした。

永井隆の思想

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※被爆直後の浦上天守堂

 1945(昭和20)8911:02アメリカ軍が長崎に原爆投下。長崎市の人口24万人の内74千人(推定)死亡建物は35%が全焼または全半焼しました。永井隆も重症を負い、妻を失いました。 

 日本はカトリック教徒の人口比が05%にも満たないカトリック小国。そのなかで長崎県は人口の4%に当たる6万人の信者が暮らすカトリック大国です。

 1549年カトリック教会の聖人フランシスコ・ザビエルがカトリック長崎に来日し布教を開始したことから始まっています。1587年豊臣秀吉バテレン追放令1612年キリスト教禁止令。1914年浦上天守堂が建設される。長崎のカトリック教徒は長い歴史の中で何度となく迫害を受け続けてきました。

 それでも宗教を捨てず、信仰を守り抜いてきたのが長崎のカトリック教徒の人々でした。

 なぜ、そんな敬虔なカトリック教徒の上にアメリカは原子爆弾を投下するのか。本当に神も仏もありません。

 こんなカトリック教徒に起きた苦境も永井隆はこんな風に考えました。

「これは神の摂理である。」

「世界戦争という人類の罪の償いとして浦上教会が犠牲の祭壇にそなえられたのである、いと潔き羔として選ばれ屠られ燃やされたのである。」

「浦上教会の犠牲によりて世界に平和が恢復せられ、日本に信仰の自由が与えられたことを感謝致しましょう。」

 その考えを彼の著書「長崎の鐘」でも述べています。

私の思うこと

 彼が敢えてアメリカの原子爆弾投下を非難しなかったのか、敗戦直後、アメリカ軍の占領下、そんな発言が出来なかったのかは良くわかりません。

 しかし、原子爆弾投下により罪のない何万人の人が殺害されたのは事実です。

 これは当時の国際法に照らし合わせても犯罪行為です。

日本の戦争行為だけが罰せられたのは不条理です。

 人間は第一次世界大戦も第二次世界大戦も何の反省もないまま、現在に至っています。

 「長い人間の歴史の中で言えることは戦争の勝者のみが、全てを許される。」と言うことではないでしょうか。

 この原則であれば、きっと、また第三次世界大戦が勃発し、今度こそ人類は誰もいなくなるのかも知れません。

終わりに

 そんなことにならないために、終わりに2019(令和元年)1124日ローマ教皇来日、ローマ教皇(法王)フランシスコの演説全文を掲載します。

 『愛する兄弟姉妹の皆さん。この場所は、私たち人間が過ちを犯し得る存在であるということを、悲しみと恐れとともに意識させてくれます。

 近年、浦上天主堂で見いだされた被爆十字架とマリア像は、被爆なさった方とそのご家族が生身の身体に受けられた筆舌に尽くしがたい苦しみを改めて思い起こさせてくれます。

 人の心にある最も深い望みの一つは、平和と安定への望みです。核兵器や大量破壊兵器を保有することは、この望みへの最良の答えではありません。それどころか、この望みを絶えず試練にさらすことになるのです。

 私たちの世界は、手に負えない分裂の中にあります。それは、恐怖と相互不信を土台とした偽りの確かさの上に平和と安全を築き、確かなものにしようという解決策です。人と人の関係をむしばみ、相互の対話を阻んでしまうものです。

 国際的な平和と安定は、相互破壊への不安や、壊滅の脅威を土台とした、どんな企てとも相いれないものです。むしろ、現在と未来の全ての人類家族が共有する相互尊重と奉仕への協力と連帯という世界的な倫理によってのみ実現可能となります。

 ここは、核攻撃が人道上も環境上も破滅的な結末をもたらすことの証人である町です。そして、軍備拡張競争に反対する声は、小さくとも常に上がっています。

 軍備拡張競争は、貴重な資源の無駄遣いです。本来それは人々の全人的発展と自然環境の保全に使われるべきものです。

 今日の世界では、何百万という子どもや家族が、人間以下の生活を強いられています。しかし、武器の製造、改良、維持、商いに財が費やされ、築かれ、日ごと武器は、一層破壊的になっています。これらは途方もない継続的なテロ行為です。

 核兵器から解放された平和な世界。それは、あらゆる場所で、数え切れないほどの人が熱望していることです。

 この理想を実現するには、全ての人の参加が必要です。個人、宗教団体、市民社会、核兵器保有国も、非保有国も、軍隊も民間も、国際機関もそうです。

 核兵器の脅威に対しては、一致団結して応じなくてはなりません。それは、現今の世界を覆う不信の流れを打ち壊す、困難ながらも堅固な構造を土台とした、相互の信頼に基づくものです。

 一九六三年に聖ヨハネ二十三世教皇は、回勅「地上の平和(パーチェム・イン・テリス)」で核兵器の禁止を世界に訴えていますが、そこではこう断言してもいます。「軍備の均衡が平和の条件であるという理解を、真の平和は相互の信頼の上にしか構築できないという原則に置き換える必要があります」

 今、拡大しつつある、相互不信の流れを壊さなくてはなりません。相互不信によって、兵器使用を制限する国際的な枠組みが崩壊する危険があるのです。

 私たちは、多国間主義の衰退を目の当たりにしています。それは、兵器の技術革新にあってさらに危険なことです。この指摘は、相互の結びつきを特徴とする現今の情勢から見ると的を射ていないように見えるかもしれませんが、あらゆる国の指導者が緊急に注意を払うだけでなく、力を注ぎ込むべき点なのです。』