NHK連続ドラマ『エール』では主人公、古山裕一(窪田正孝)と池田二郎(北村有起哉)の二人が、力をあわせて、あの名作NHKラジオドラマ「鐘の鳴る丘」を作っていくことになります。

 1947(昭和22)7517時、菊田一夫脚本、古関裕而音楽にて始まりました。

 ラジオドラマは,最初は土日の夕方の15分番組でしたが、大人気となり130分・週5回の放送となりました。

 やがて、舞台化されたり(創作座公演,有楽座,19487月など),映画も三部作が制作されるなど( 名映画 第一篇~第三篇,佐々木啓祐監督,佐田啓二主演,松竹,1948~49 ),メディアによる相乗効果もあり「鐘の鳴る丘」 は一大ブームとなったのです。

 その結果,最終的には1950(昭和25)12月まで、何と790回も続く長寿番組となりました。

「鐘の鳴る丘」への非難の声

 「鐘の鳴る丘」は人気番組ゆえに思わぬ反響も惹き起すこととなったのです。

 ドラマ内で の子どもたち(浮浪児)の言葉遣いや,粗暴な行動が青少年に悪影響を及ぼ すということで非難の声が上がったのでした。

 青少年の非行防止のために作られた番組ということからすると,まさに皮肉な事態だが,新聞の投書など にも取り上げられ,雑誌ではその是非・賛否をめぐって多くの特集や座談会 が組まれるなど,大きな論争の的となりました。

 社会派ドラマが文字通り社会問題化したのです。

  マス・メディアのコンテンツの青少年への悪影響をあぐる問題は,いつの時代にも「定番」の論争。

 ラジオという音声メディアしかない時代の反響は凄まじいものがありました。

 ことばの問題についてNHK側の演出担当者が、「ことばが悪いという投書が一日に平均50通も来た」と証言しています。

 そのかわり、全体の投書はそれをはるかに上回りその90%は番組に対する好意的な意 見だとも述べています。

 「悪いことば」というのは,具体的には「ばかやろう」 とか「ぶっ殺しちゃうそ」「しけてる」というようなもので,浮浪児の実態 を描こうとすれば避けられないものでした。

また、ドラマでもそうだったが、主題歌の「とんがり帽子」にも言葉が悪いと言われだしたのです。

 「とんがり帽子」の歌詞をみてみたいと思います。

「とんがり帽子」の歌詞

「とんがり帽子」

作詞:菊田一夫、作曲:古関裕而、唄:川田正子


緑の丘の赤い屋根

とんがり帽子の時計台

鐘が鳴ります キンコンカン

メーメー小山羊も啼いてます

風がそよそよ丘の上

黄色いお窓は俺(おい)らの家よ


緑の丘の麦畑

俺らが一人でいる時に

鐘が鳴ります キンコンカン

鳴る鳴る鐘は父母の

元気でいろよという声よ

口笛吹いておいらは元気


とんがり帽子の時計台

夜になったら星が出る

鐘が鳴ります キンコンカン

俺らはかえる屋根の下

父さん母さんいないけど

丘のあの窓おいらの家よ


おやすみなさい 空の星

おやすみなさい 仲間たち

鐘が鳴ります キンコンカン

昨日にまさる今日よりも

あしたはもっとしあわせに

みんな仲よくおやすみなさ


「俺(おい)ら」は品がない言葉

 これが菊田一夫が作詞したものですが、これのどこが悪いのか良くわかりません。

  しかし当時小学生として,このラジオドラマを実際に聴いていた作詞家の阿久悠は,主題歌「とんがり帽子」について次のように証言していました。

 「大ヒットのドラマであり,社会の強い関心になっているにもかかわらず、この歌を歌うと奇妙に学校で怒られました『俺(おい)ら』が教育的でないと言うのです。『俺らが一人でいる時に』『俺らは元気』『俺らは帰る屋根の下』,四番ある歌詞の中に,『俺ら』は五回出て来る。ぽくらは教育的に反発し,『俺ら』を百回も連呼し たのである」

 確かに俺ら、普通に読むと「おれら」と読みますが実際の歌も歌詞も「おいら」となってます。

 「おいら」と言うと、なんだか可愛いらしいイメージもあるのですが。自分とか僕、私が一般的なのでしょう。

 俺と言う言葉を調べてみると「俺」という字は長らく常用漢字になかったが、2010年常用漢字表改定で追加された。追加する字を決める際、「品がない言葉だ」「公の場で使うべきでない」として反対する意見もあったが、最終的に追加されたそうです。

 やはり、「おいら」は「品がない言葉」として見られていたようです。

  NHKの担当ディレクターは,この主題歌についてこんな発言もし ていました。「あのメロディは変えないつもりですが,歌詞は変えてみたい と考えています。例えば,『おいらの家よ』という悪い言葉ではなくもっと 品のあるような...

 しかし,実際には歌詞が改変されたという事実はありません。

戦争孤児は誰が作ったのか

 おとなの起こした戦争で戦災孤児となってしまった、なんの責任もないないのに親もなく、スリやカッパライをして精一杯生きている子供たちを、おとなたちが助けることもしないで戦災孤児だとか浮浪児とか言って阻害してしまう。

 あげくの果ては言葉使いが悪いと言うおとなたち、どうなっているのでしょうか。

 誰も戦争孤児になりたくて、浮浪児になりたくてなったわけではない、彼らは、おとなたちの戦争の被害者なのですから、もっとおおらかに優しく接するのが人と言うものではないでしょうか。

 菊田一夫は「戦災孤児は誰が作ったのか、彼らがカッパライをするのは生きるためではないか」と作った「鐘の鳴る丘」ですが、社会や世間では自分たちのことしか考えられない、おとなの人が大勢いたようです。

 今も昔も変わらず、世間は冷たいものです。自分だけ良ければよいとか、自分の周りだけは綺麗な世界でいたいとか、それが人、おとなの世界、社会の実体なのかも知れませんね。