NHK連続ドラマ『エール』では主人公古山裕一(窪田正孝)は曲を書くことができなくなってしまった。

 彼は戦争中に自分の作った音楽が人々を戦うことに駆り立て、その結果若い人の命を奪ってきたことを自分のせいだと後悔

 一方、劇作家の池田二郎(北村有起哉)は、戦争孤児のドラマの企画をNHKに持ち込んでいました。

池田二郎のモデルは菊田一夫

 この池田二郎は古関裕而とコンビを組み数々のラジオドラマ、テレビドラマ、映画、演劇、 ミュージカルのヒット作品を世に出した劇作家、菊田一夫にあたります。

 ドラマでは戦後に登場してますが、実際に古関裕而と菊田一夫の出会いは1937(昭和12)、古関裕而が「露営の歌」作曲した年、28歳の時、NHK放送劇「当世五人男」初のラジオドラマにて菊田一夫、29歳と出会っています。

 この時、古関裕而はまだ新人の作曲家です。ドラマの音楽はこれが初めてでした。

 菊田一夫はこの時、すでに知られた劇作家でした。

菊田一夫は22歳で浅草国際劇場の文芸部。エノケンのために喜劇を書き。1933(昭和8年)浅草常盤座で旗揚げされた劇団「笑の王国」の作家。1936(昭和11年)には東宝の嘱託となっていました。

 この放送が好評を博したので、続いて「思い出の記」(徳富蘆花)や「八軒長屋」(村上浪六)などを2人で担当しました。

 1945(昭和20)年10月、日本放送協会の独活山万司(うどやままんじ)から「古関裕而と菊田一夫で戦後初のラジオ・ドラマ『山から来た男』を担当してもらいたい」との連絡を受け、戦争で途絶えていたコンビが復活しました。

 NHK連続ドラマ『エール』の池田二郎の登場はちょっと唐突でしたね。自分からラジオドラマの脚本をNHKに持っていくのも、戦後直ぐの時代にはちょっとあり得ない設定かも知れませんね。

ドラマの「NHKは嘘を使ない」

 日本におけるラジオ放送は1925(大正14)3月、社団法人東京放送局によって仮放送が開始されたことに始まります。翌年、日本放送協会が設立され、戦前は(JO)AKと呼ばれていました。

 1946(昭和21)3月からNHKのサインを用いるようになりました。

 ドラマではNHKの担当者が「NHKは嘘を使ないから」と言う台詞を使っていましたが、どう言う意図で脚本家が書いたのでしょうか。NHKに対する皮肉ですか。

 戦前、日本放送協会(NHK)はラジオ放送を通して大本営発表のニュースを流していました。これが嘘だらけです。

 1番酷い例は1944年(昭和19年)10月の台湾沖航空戦に関する大本営発表だ。5日間の航空攻撃の戦果をまとめた発表は「敵空母11隻、戦艦2隻、巡洋艦3隻を轟撃沈、空母8隻、戦艦2隻、巡洋艦4隻を撃破」。米機動部隊を壊滅させる大勝利。実際には米空母や戦艦は1隻も沈んでおらず、日本の惨敗でした。

 NHK連続ドラマ『エール』の主人公古山裕一のドラマのストーリーも古関裕而の史実とはかなりかけ離れて、いろんなところで嘘がでてきます。

 ここで「NHKは嘘をつかない」なんて冗談にも言わない方が良いのでは