NHK連続ドラマ『エール』古山裕一(窪田正孝)はビルマに慰安に行き、帝国陸軍のインパール作戦で戦争の悲惨さを経験します。

誰もが思うことですが、日中戦争が継続していながら、なぜ無謀なアメリカとの戦争に突入するのか

太平洋戦争の政府の責任

歴史を振り返ると、194196日の御前会議は、10月下旬を目標に対米英戦の準備を「完整」すること、日米交渉が10月上旬になっても目途のつかないときには開戦決意をすることに決めた。

10月に入ると主戦派の東条英機内閣が成立。

戦争を推進したのは軍部の力が大きいが当時の政府の責任も大きい。

内閣の主な構成員の運命

アジア・太平洋戦争開戦時の東條内閣の主な構成員の一覧です。


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この方たちは戦争に於いてどのようになったのか。

各大臣の開戦時の年齢を記載したが、平均年齢は54歳でした。これらの閣僚の中で、戦争中に死んだ人は一人もいませんでした。

敗戦直後に自殺した人が2名、A級戦犯として処刑された人が1名、巣鴨拘置所に服役中に病死した人が1名ですが、残りは長寿を全うした人が多い。

また、戦後、政界に復帰した人も何人もいます。

敗戦後の混乱期に自殺・刑死した人を含めて、彼らの死没時の平均年齢は79歳でした。

一般の兵隊の運命

それに比較して一般の兵隊はどうだったかと言うと、194265日から7日にかけて、ミッドウェー島付近で行われた海戦を例にとってみます。

34回(1986年)菊池寛賞を受賞した澤地久枝の太平洋戦争の『 記録 ミッドウェー海戦』によると日本側戦死者3057 人の うち30代より上は195 人,残る2862 人は1529歳でした。

1525歳までの戦死者は2456 人で実に80%です。

なかでも21歳が519 人と最も多く、154人, 1610人, 1759人, 1882人, 19135 人の少年の戦死者です。

既婚者422 人の結婚年数は1年未満が87人, 1年が91人であり, 戦死時の   妻の年齢も若く1625歳までが224 人を占めます。

米国側の戦死者362人のう   17 25歳までは248  (69%〉です。

日米双方において戦死はことごとく若者でした。

老人が始めた戦争で死ぬのは若者

ほんとうに酷い話しです。「老人が始めた戦争で死ぬのは若者」なのです。

開戦責任をすべて彼らに帰することはできないとしても、国家の中枢にいた年長者の政治的決定が戦場における若者たちの多くを死に追いやつたのは間違いのない事実です。

なんの責任もない若者が次から次へと亡くなっていくのに何も思わなかったのでしょうか。