2020828日朝日新聞デジタルでコロナ対策のアベノマスクの記事

 『政府の新型コロナウイルス対策は成果を出しているのか、反省点はないのか。28日の記者会見で問われた安倍晋三首相は、「アベノマスク」と揶揄(やゆ)された布製マスクの全戸配布問題に言及した。

「マスクについても様々なご批判もいただいたが、マスクの配布を始めることによって、需要と供給の関係から、相当供給も出てきた。ネットでも価格も大きく変わってきた」と強調。その上で、首相は「ただ国民の皆様から厳しい批判もあった。そうしたものは受け止めなければならない」と述べた。』

 (朝日新聞デジタルより引用)

 政府のコロナ対策は、本当にたよりないものであり、ひどかった。

中でも象徴的なものがアベノマスクでした。

 政府が承認したアベノマスク、マスクが市場に出回っていたのにも関わらず中止の決定はされず総額507億円が消えてしまった。

 誰でもが、きっと思ったでしょう、こんな無駄なもの、市場にマスクが出た時点で、問題が出た時点で中止すればいいじゃないかと

しかし、一度だした政府の指示が中止にならない、どんな損害を与えようと責任を取らない、それが縦社会日本の構造なのです。

 コロナの場合は亡くなる方が高齢者ばかりですが、これを戦時中の戦争では多くの若い方が亡くなったのです。

「アベノマスク」と「インパール作戦」

 NHK連続ドラマ『エール』主人公古山裕一は3度目の従軍としてビルマに向かいました。そこで日本の最大な無謀な作戦「インパール作戦」に参加します。

 まさに現代のアベノマスクを象徴するような出来事が「インパール作戦」です。

 日本側作戦名:最高統帥機関・大本営ウ号作戦(インパール作戦)を認可は、1944年(昭和19年)3月、日本陸軍、第15軍司令官牟田口廉也のもとに第31師団、第15師団の三兵団がインパールに向かって進軍した。

 3週間で攻略するはずだった作戦の開始から3か月、1万人近くが命を落とした。

 食料・弾薬の補給が全くない状態で、雨期をむかえようとしていた。

 第 31 師団長佐藤幸徳中将は、作戦継続困難を進言するも拒絶、作戦継 続が厳命された。

 佐藤師団長は61日補給集積地まで独断退却した。陸軍刑法第 42 条に違反する行為であった。

 この判断は全く正しく退却した部隊は助かった。しかし、佐藤は直ちに罷免された。

 作戦開始以来第15師団および第31師団には1発の弾丸も、1粒の米も補給されなかった。

 大本営が第15師団に退却命令を出した1944(昭和19)年715日は、時すでに雨期に入っていた。日本軍は、ぬかるみの中飢えと寒気と英印軍の追撃に苦しみながらの退却は凄惨をきわめた。

 ジャングル内の道は、軍服を着たまま白骨となった死体が続き(戦死および戦傷病で倒れた日本軍兵士は72,000人。生き残った兵士はわずか12,000人にすぎなか

これが帝国陸軍の無謀な「インパール作戦」の概略です。

 戦後、牟田口司令官「インパール作戦は、上司の指示だった」と述べている。

 大本営・服部卓四郎作戦課長は、イギリスの尋問を受けた際、「日本軍のどのセクションが、インパール作戦を計画した責任を引き受けるのか」と問われ「インド進攻という点では、大本営は、どの時点であれ一度も、いかなる計画も立案したことはない。インパール作戦は、大本営が担うべき責任というよりも、南方軍、ビルマ方面軍、そして、第15軍の責任範囲の拡大である。」

「アベノマスク」っ「インパール作戦」

 「アベノマスク」の事柄も「インパール作戦」と同じ日本の縦社会が及ぼした弊害です。頭の良い官僚も、「アベノマスク」の配布は無意味だった、または無駄使いだったとわからないわけはない。ただ、上が出した指示はおいそれと変更できないのです。

 現代も同様、昔と変わらない縦社会の原理原則が日本社会には、今も、存在し続けています。

 上司が決めた決定は絶対で変更出来ない。部下がどんなに提案し、良い意見を具申しても全く耳もかさないこんな上司が驚くことに、現在でもいっぱいいます。

 いつまで経っても、日本の縦社会が変わらないのに、ただただ驚くばかりですが、そろそろ社会も組織も変えないとまずいのではないでしょうか。