NHK連続ドラマ『エール』では主人公、古山裕一(窪田正孝)の家に梅(森七菜)と五郎(岡部大)は結婚報告に訪れた。五郎はキリスト教に入信した。

 彼は梅と結婚ができた幸せをかみしめつつも、馬具職人として軍に協力していることへの葛藤を語り始める。

 五郎は裕一の前に正座をして「先生には、戦争に協力するような歌を作ってほしくありません!」「先生の歌を聴いて、軍に志願した若者がたくさんいます

 「戦争に行く人が増えれば、無駄に死ぬ人が増えるだけです!」と悲痛な面持ちで訴える。

 裕一は五郎の言葉に色をなすとその場に立ち上がり「命を無駄と言うな!」と激怒する。

■NHKが古山裕一の戦争責任を問うのか

 ドラマではこのようにな展開に。五郎の発言は一見正論のような意見だが、唐突な発言でした。

 五郎さん、それをなぜ、そのシーンで師の古山に話しをするのか。ただ師の古山を苦しめただけだではないのでしょうか。

 「若鷲の歌」は直接、軍部より依頼があったわけではなく、映画会社からの依頼だったし、古山裕一が軍部に協力しょうとしたわけではなかった。

 戦争中の国民の行動や経済はあらゆるところで軍部と繋がっていた。大なり小なり国民の全てが軍部に協力していたことになる。

戦争とキリスト教

 ドラマでは五郎はキリスト教に入信したことにを伝えている。キリスト教は少年たちが「罪のない子供たちがかわいそう」「戦争は絶対に悪」だから戦争中、戦争反対だとでも言っていたのだろうか。

 キリスト教は、「神様はすべての人を愛しておられる」「聖書に殺してはならないと記されている」からキリスト教は戦争反対だと言ったのでしょうか。

 いいえ、戦争中の宗教界は全て国家に協力したのです。もちろんキリスト教会も一緒でした。キリスト教会も日本が勝つことを祈り、国家に協力したのでした。

 だから五郎が国に対して協力する師古山に歌を作るなと言うならキリスト教会に対しても、仕事の先生岩城に対しても、国家に協力するなと言うべきなのです。

古関裕而の戦争責任

 「決戦の空」東宝映画の主題歌をコロンビアより依頼され作詞、西条八十、作曲、古関裕而で「若鷲の歌」を作り大ヒットとなり、少年が予科練に多く志願し、その後19千の若い命がなくなったのは事実である。

 しかし「若鷲の歌」は国から映画会社へ映画会社からレコード会社へレコード会社から古関裕而へ依頼があり作曲した「若鷲の歌」が国に協力したとは言い過ぎではないだろうか。古関裕而としては依頼の仕事をしたにすぎない。

 第二次世界大戦に対する戦争責任論がいろんなところでドラマのあちこち見え隠れするが、日本が負けたから戦争責任なのだろうか。

 国に協力するのは国民としてあたり前のことだと思うし、一国民の作曲家、古関裕而にまでドラマで戦争責任を問うのはいかがなものかと思ってしまう。

■NHKの戦争責任

 古関裕而は日本放送協会(NHK)に対しニュース歌謡等多大な貢献をしたていた。その彼をNHKがドラマで戦争責任を問えるのか。

 ラジオを通して日本国民を戦争に誘導していたのは今、ドラマを放送しているNHKではないか。

 NHK自体の戦争責任は重大である。このことはドラマでは語られないのだろうか。

第二次大戦下における日本基督教団の責任についての告白

 戦後、日本基督教団は第二次世界大戦下における責任について以下のように述べています。

 『わたくしどもは,196610月,第14回教団総会において,教団創立25周年を記念いたしました。今やわたくしどもの真剣な課題は「明日の教団」であります。わたくしどもは,これを主題として,教団が日本及び世界の将来に対して負っている光栄ある責任について考え,また祈りました。

まさにこのときにおいてこそ,わたくしどもは,教団成立とそれにつづく戦時下に,教団の名において犯したあやまちを,今一度改めて白覚し,主のあわれみと隣人のゆるしを請い求めるものであります。

 わが国の政府は,そのころ戦争遂行の必要から,諸宗教団体に統合と戦争への協力を,国策として要請いたしました。

明治初年の宣教開始以来,わが国のキリスト者の多くは,かねがね諸教派を解消して日本における一つの福音的教会を樹立したく願ってはおりましたが,当時の教会の指導者たちは,この政府の要請を契機に教会合同にふみきり,ここに教団が成立いたしました。

わたくしどもはこの教団の成立と存続において,わたくしどもの弱さとあやまちにもかかわらず働かれる歴史の主なる神の摂理を覚え,深い感謝とともにおそれと責任を痛感するものであります。

 「世の光」「地の塩」である教会は,あの戦争に同調すべきではありませんでした。まさに国を愛する故にこそ,キリスト者の良心的判断によって,祖国の歩みに対し正しい判断をなすべきでありました。

しかるにわたくしどもは,教団の名において,あの戦争を是認し,支持し,その勝利のために祈り努めることを,内外にむかって声明いたしました。

まことにわたくしどもの祖国が罪を犯したとき,わたくしどもの教会もまたその罪におちいりました。わたくしどもは「見張り」の使命をないがしろにいたしました。心の深い痛みをもって,この罪を懺悔し,主にゆるしを願うとともに,世界の,ことにアジアの諸国,そこにある教会と兄弟姉妹,またわが国の同胞にこころからのゆるしを請う次第であります。

 終戦から20年余を経過し,わたくしどもの愛する祖国は,今日多くの問題をはらむ世界の中にあって,ふたたび憂慮すべき方向にむかっていることを恐れます。この時点においてわたくしどもは,教団がふたたびそのあやまちをくり返すことなく,日本と世界に負っている使命を正しく果たすことができるように,主の助けと導きを祈り求めつつ,明日にむかっての決意を表明するものであります。


1967326日復活主日

日本基督教団 総会議長 鈴木正久』