立教大学を卒業後の1934年(昭和9年)、「テット・モンパレス・タンゴ・アンサンブル」というタンゴ楽団のボーカル&ドラマーとして活躍していたところを、ブルースの女王淡谷のり子にスカウトされ、レコード歌手の道が開かれます。

年齢はディックミネが1歳年下。

そういうお二人なので、若い頃、恋人同士だった時期もあったんじゃないのか? ひょっとして、隠し子なんかもいたりして?

などと想像をはたらかせる人が多かった。


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その子供とは「女心の唄」レコード売上枚数・200万枚を超えたミリオンヒットを飛ばした「バーブ佐竹なんじゃないのか?」

そんな噂が、世間に流がれていました。

お二人は晩年「モダン・エイジ」と言うデュエット曲を歌っています。

 ファーラウェイ

おまえがいればこそ 歩いてこれた道

時には涙して 甘えた腕の中

季節はめぐり 街の姿かわれど

かわりきれぬかわりきれぬ 男と女

とざした目の中に 明日がまだ見える

歩いて行こうふたりは モダンエイジ♪

芸能生活が長い二人が、初めてオリジナルのデュエット曲、それもラブソングを吹き込んだという、きわめて晴れがましいレコードの発売記念の席。

某ベテラン芸能レポーターが、なかばジョーク交じりに、こう切り出します。

「せっかくご両人がお揃いなので、大変恐縮ですが、前々から気になっていた、例の噂について、お訊きしたんですがねぇ。……お二人の隠し子がバーブ佐竹さんだという、あの話?」

すると淡谷のり子はわざとなのか、本気なのか、かなり怒った口調で応えました。それも、アノ独特な青森訛りのズーズー弁で。

「バーブ? 冗談じゃないわよ。なんで、よりによって私が、あ~んな汚ったならしい顔の子供を産まなきゃなんないの? もしディックさんと私なら、美男子に生まれて来るに決まってるでしょ。噂なんて、いい加減なもんよ。まったくヤになっちゃう」

当たり前でしょうが、言下に否定しました。

「汚ったならしい」顔と指摘されたバーブ佐竹もたいしたものです。

さっそくディナーショーなどで、淡谷センセイの台詞をパクりましてね。大勢のファンの前で、ヒット曲を朗々と歌い上げ

「えー、皆さま、ようこそお越し下さいました。顔は不味いが、唄声は美男子!! ご存知、バーブ佐竹でございます。……でもさ、俺の顔って、そんなに汚ったならしいかい? 淡谷センセイだってねぇ、人のことを言えたツラかよ。なんてことは、口が裂けても言いません」

これには、ファンも思わずゲラゲラ笑って、拍手喝采。

昭和の歌謡界って、洒落が効いて面白かったですね。