NHK連続ドラマ『エール』では昭和初期、進歩的な家庭に育った音(二階堂ふみ)の「歌手になる夢も、子供も諦めない」子供を生み、自分の夢を追いかけようとする。家庭も自分の事も大切にする、現代の女性と悩みが共通する点が多くあったようです。

子育てに専念する音。裕一は音が歌手になるという夢を「僕に預けてくれないか」とお願いし、「もう一度、夢に向き合える日がちゃんと来るまで、僕がその夢を預かって大事に育てるから」と約束したのでした。

さて、その後、音はどうなるのでしょうか?子育て後、音楽家になれるのか?それとも子育てで終わるのでしょうか?

ドラマでは「こうご期待」ってところですが、これから音のモデル、古関裕而の妻、金子さんの未来の姿をみてみます。(史実を振り返り)


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(二階堂ふみ)がおばさんになったら

古関金子さんには長女・古関雅子さんが昭和71月に生まれ、次女の古関紀子(みちこ)さんが昭和97月に生まれています。

戦後、昭和217月になって長男の古関正裕(まさひろ)さんが生まれます。

3人の子持ちとなった金子さん、さすがに子育てで厳しかったのか声楽をやめてしまいます。

長男、古関正裕

「戦後、私が生まれると、子育てに専念するために声楽を止めたので、私は母がよく歌っていたのは覚えていますが、その録音などは残念ながら残っていません。」

しかし、子育てだけで終わる金子さんではありませんでした。

その行動力と判断力が他の世界に向かっていたのでした。

なんと金融の投資家として活躍しだしたのです。

「買いよ!買い」

金子の声が聞こえてきます。

各種の投資情報に目を通し、週4回のペースで山一證券の渋谷支店に通っていました。

音楽から金融へ、道は違いますが、株式の勝負のはっきりと白黒がつく世界が楽しかったのでしょう。

おまけに日本の高度成長期、多くの株は上がり株式市場は賑わっていました。

「慾ばらないで、一応目標額に来たら、確実に利喰う」と運用法を披露し、「確実なものとしては東芝、三菱造船」などと有望株を紹介したりもしていました。

金子さんは、1959年元旦付の『日本証券新聞』でこう書いてます。

古関金子

「株やってると生き甲斐を感じますわね。株やらない人は、なんだかバカにみえて……

この明確な発言、ちょっと金持ちっぽくていやらしくも感じますが、ここまで言い切っちゃうと爽快にも感じてきます。

古関金子

「失敗はほとんどありません」

金子さんあなたは「ドクターX」の大門未知子?

金融メディアで「百戦錬磨の利殖マダム」と呼ばれました。

古関金子

「自分が楽しんでいますこの頃では、《株は芸術なり》と云って憚りません」

白黒はっきりさせる性格は、見ていて気持ちが良くなってしまいます。

まさにNHK連続ドラマ『エール』の音(二階堂ふみ)のおばさんになった姿でした。

ドラマでも音の金融投資家の姿が見られるのでしょうか。

ちなみに古関金子が通っていた山一證券の社歌は古関裕而が作曲しています。

山一証券の社歌

西条八十作詞 古関裕而作曲 1967

風吹かば吹け むらさきに
明けゆく富士の いただきを
見つむる眸 理想に燃えて
われら行く 高く 正しく たくましく
  山一 山一
  山一証券の 若人われら

野村證券、大和証券、日興證券(現・SMBC日興証券)とともに、「四大証券」のひとつであった山一證券1997(平成9)に廃業。

昭和から平成へ、平成から令和へ時代は激しく変わっていきます。