三浦環、旧姓柴田環。軍医の藤井と結婚し7年後に離婚し柴田環に戻っています。

16歳で結婚し現在は23歳。音楽界で活躍し美しいので羨望の的、あちこちから再婚の話しが持ち上がります。

ちょうどその頃、元亭主の藤井と富士見町のお茶屋で逢った現場を新聞記者に目撃されてしまいます。しかも他の人物と勘違いされ新聞記事にされてしまいました。

報知新聞「雨の夜の相合傘」という見出しの根も葉もない、あくどい記事の嘘のゴシップ記事です。

記事を書かれて困った柴田環はいろんな人に相談しています。


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柴田環と元亭主藤井

柴田環

「あなたが私に逢いたければ、私の家にいらっしゃればこんなことにならなかったんでしょう。こんな記事をそのままにしておくと、私は音楽学校を辞めなければならないし、私のことは音楽学校を辞めさえすれば片付いて、あとは音楽家としての生活に困りはしないけれど、三浦政太郎さんが気の毒ですわ、まだ私と結婚するって決った訳ではないし、こんな人違いの記事で大学を辞めなきゃいけないことになったらどうするの」

元亭主藤井

「困ったことになったもんだ。三浦君には何とも申し訳がないが、わしだって軍務に服しているんだ。それにゆうべも話した通り、わしも近々女房を貰うことに決った。その矢先き、あの記事にある、柴田環を待合につれ出したのは三浦政太郎ではなく、藤井善一だ、と名乗ってみなさい。わしの縁談はぶち壊された上、軍務の方もクビだ」 

私は泣いて頼んだですが、ラチがあかない。仕方がない困ったを繰り返す元亭主藤井。

柴田環は父にも相談しています。

彼女が父のところへ駈けつけると、父もびっくり仰天、そりゃ困ったことが出来た、と早速使いを出して三浦政太郎に来て貰って、三浦に話をしました。

三浦は落付いたものです。

「新聞に一度出たものを今更、あの記事は間違っているといったところで後の祭です。新聞社に談じこめば、記事の訂正は出すでしょうが、虫眼鏡で見なくちゃわからないような、ちっちゃな活字で出します。だから読者なんか見やしません、記事の取消しなんて、当事者だけの気休めで、世間の口をふさぐにはなんの役にもたちませんよ」

柴田環の父

「そう落ち付いておっては困る。環はいわば身から出た錆で、いたしかたがないとして、人違いをされた君が迷惑だ。親の身として君に対して申し訳けがない。法律上の手続きはわしの方で一切するから、一ツ名誉毀損の訴訟をしようではないか」 

お父さんは公証役場を開いている、法律の専門家だから、こんな風にして事件を解決しようと考えたのでした。だが三浦政太郎は飽くまでも事件をこれ以上大きくしたくない考え。

三浦政太郎

「私の身の潔白を法律の力で証明したってそんなことは何の役にもたちません。私が潔白なことは私自身が一番よく知っているのですから。世間の奴等が、何とかいうなら勝手にいわせておけばいいのです。それよりも、かねがね環さんにも話し、あなたにもお願いしてあるんですが、環さんとの結婚を許して下さい。環さんと結婚出来れば、こんな記事なんて問題じゃありません」

柴田環の父

「結婚のことは、環さえ承知なら、わしは別に異存はないが。なんだっていうじゃあないか、君のお父さんが環と結婚することは大反対だというじゃあないか」

三浦政太郎

「ええ、父は不承知ですが、いよいよ環さんが僕と結婚してくれると決まれば、父の方はいくらでも話がつきます」

柴田環の父

「そうか、君のお志は有難い。そうしてくれれば藤井君にもキズがつかないし、環も救われるが、だが君、環は普通の女と違って、音楽の方が忙しいので、妻としての務めが満足に出来ないよ。現に今度の問題の藤井君ともそのために別れたんだから」

三浦政太郎

「その点御心配御無用だと思います。僕は音楽家としての環さんを尊敬しています。そして音楽家はどういう生活をしなければならないか、ということをよく理解しているつもりです。環さんのような有名な音楽家、これは音楽家に限らず、有名な芸術家はみなそうですが、芸術家は社会の花です、公園の花を手折って書斎の花瓶に活けてはいけないのと同じように、社会の花を、妻だからといって家庭にとじこめることは公徳を無視した封建思想です、芸術に対する大きな冒涜です……」 

環は三浦のこの話の途中で感極って泣き出してしまいました。人違いの濡着をきせられたのに、自分自身さえ潔白なら世間の口はどうあろうと構わぬという立派な信念、芸術に対する正しい、そして深い理解、なんていう見上げた方だろう。それまでとかくぐらついていた私の心は一瞬にして決まりました。三浦政太郎との結婚はこうして決定したのでした。 

柴田環は三浦政太郎と結婚して三浦環となります。

三浦環2回目の結婚です。

しかし、嘘のゴシップ記事で結婚するとは驚きですね。

元亭主と間違えられた三浦政太郎さんと環さんは幼なじみです。

ただ彼女は最初は彼のことが好きではなかったみたいです。

三浦環

「遠縁の人でちいさい時から時々逢っていて両方ともよく知っていました。彼は一高に通学している頃から私が好きだったのだそうです。けれど三浦は非常に内気な性質でどっちかというと陰気な方で、おまけに無口なのです。それで私が藤井と結婚したのを知って、とても悲観しちまったんだそうで、ますます陰気になる。」

と述べています。

三浦政太郎さんも環が新聞に離縁したことが出ると手紙で結婚を申込んでいました。

三浦政太郎さんは三浦環さんは初恋の人。

最初からは相思相愛ではなかった二人ですが、ひょんなことから結婚することになりましたが、この結婚は大成功でした。三浦環は世界に知れわたるプリマドンナになりますし、三浦政太郎も日本茶に於けるビタミンCの発見をしています。切磋琢磨して分野は違うが活躍した二人、仲の良い最高のパートナーだったと思います。


※「」の部分は三浦環 吉本明光編 「お蝶夫人」より抜き出しております。