三浦環、旧姓柴田環。1884(明治17)222日生まれである。この人こそ明治に生まれながら現代女性の先駆けの女性であり、私たちが見たドラマや漫画のモデルにもなっていました。

「おくさまは18歳」の飛鳥

三浦環は東京音楽学校へ入学する1900(明治33)年9月、なんと入学直前に父親の勧めで陸軍三等軍医正、藤井善一と結婚していた。16歳。周囲には内密にしていた。

これはテレビドラマ『おくさまは18』でテレビドラマとたった。1970年岡崎友紀と石立鉄男のコンビによる昭和のラブコメ ... 18の高校生の飛鳥(岡崎友紀)は、急病で倒れたおばあちゃんの「花嫁姿を一目見たい」という願いを聞きいれ、親同士が決めた許婚・高木哲也(石立鉄男)と結婚式をあげる。

学校に通いながら、結婚していることを知られてはいけない2人。ワクワク、ドキドキの楽しいドラマでした。

三浦環は16歳で奥さまとなっています。

「はいからさんが通る」の花村紅緒

三浦環は東京音楽学校(現東京芸術大学)へ通学する際、芝から上野まで自転車で滑走していた姿が「自転車美人」と世間で評判となり、彼女をひとめ見ようとする人々が通学路で列を成し、新聞にも取り上げられました。

小説家の小杉天外(1865–1952)は三浦環の評判を知り、ヒロインの女学生が自転車で 颯爽と登場する場面で始まる新聞連載小説「魔風恋風」(『読売新聞』1903  2  –9 )が掲載されました。

三浦環をモデルにした漫画「はいからさんが通る」。大正ロマンの薫りたつ少大和和紀さんの少女漫画。主人公は花村紅緒(べにお)おてんばな女子学生で、春らんまんの冒頭、自転車に乗って登場します。

主人公は南野陽子でドラマや映画になっています。

■ 「バツイチは恋の始まり」のイザベル

三浦環は1907(明治40)に東京音楽学校助教授に就任すると同時に藤井善一と離婚してしまう。仙台へ転任する藤井が環を連れて行こうとしたのだそうだが、環は音楽家としてそのような夫の要望には応えられなかったわけだ。すでに有名歌手だった環は、新聞のゴシップ欄をにぎわせることになった。

離婚するとあちこちから結婚してくれという声が集まった。モテモテであった。

2012年フランス映画「一度目の結婚は失敗する」というジンクスのため、本命の恋人との結婚を前にバツイチになろうと奮闘する女性の姿を、ダイアン・クルーガーとダニー・ブーンの主演で描いたフランス製ラブコメディ。

三浦環の結婚・離婚は計画的ではなかったが、音楽家の道を優先し、離婚してしまう。その後は引く手数多。あちこちから求婚されてしまう。まさにバツイチのはしりです。

国内では三浦環は自由奔放な性格や行動で批判されることが多かった。

大正時代現代ではあたり前のことが、女性が自転車に乗ることさえ、はしたないとか批判の対象になる時代でした。

結婚も家と家が認めるものであり、ましてや女性から離婚をするなんて許される時代ではなかったのです。

三浦 環は国際的な名声をつかんだオペラ歌手。十八番であった、プッチーニの『蝶々夫人』の「蝶々さん」と重ね合わされて、国際的に有名でしたが、国内では、評価されることは少なく、その自由奔放な性格や行動で批判されることが多かったようです。