NHK連続ドラマ「わろてんか」では落語家の 御所・文鳥に笹野高史さんが風鳥亭の舞台に登場しました。




客が期待していた文鳥の十八番はかからず、『時うどん』が前座噺にかかったことに対して、客は騒然となります。


しかし騒ぎ始めた客たちもいつの間にか文鳥の話芸に心を奪われ、大爆笑の中で特別興行は無事に幕を閉じるでした。


えっ、「時うどん」?


落語の「時そば」なら知っているのに「時うどん」と「時そば」は内容が違うのかな?


「時そば」と「時うどん」の違い。


江戸落語の「時そば」も同様に「他人は喰うより」を原話としているが噺の内容はかなり異なっているそうです。


江戸噺の「時そば」はそれぞれ単独犯で模倣の動機もただの愉快犯であるが、上方の「時うどん」には別の深い動機が


上方噺の「時うどん」が明治時代に3代目柳家小さんが東京に移植して「時そば」になったものといわれています。


「時そば」の原型をなす噺であったが、今日では「時そば」の方が広く知られるようになったそうです。


ではどんな風に違っているのか?





「時そば」


明治中期、三代目柳家小さんが上方の「時うどん」を東京へ移しました。


往来を流して売っていた夜鷹そば屋を呼び止めた男が、やたらにそば屋を褒めたあげく、代金を聞くと16文だという。


そこで「一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ、七つ、八つ、何刻(なんどき)だい」「九(ここの)つで」「十(とお)、十一、十二、十三、十四、十五、十六」と、うまく1文ごまかしてしまった。


これを見ていたぼおっとした男が、さっそくまねをしようと、細かい銭を用意してそば屋を呼び止め、褒めようとしたが、まずくて汚なく褒めようがない。


勘定になり「一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ、七つ、八つ、何刻だい」「へえ四つで」「五つ、六つ、七つ、八つ・・」と損をしてしまう。


三代目小さん以後、七代目三笑亭可楽、三代目桂三木助らが得意としたが、いまでも演り手は多いんだとか。


「時うどん」


知恵の働く兄貴分と少し足りない弟分が、夜道で屋台のうどん屋を見つけ、うどんを食べようとする。


代金は16文だが、弟分は8文しか持ち合わせが無く、何だ、それだけか、と怒鳴った兄貴分も7文しか無かった。


それでもかまわず兄貴分はうどんを注文し、うどん屋が「うど~んエー、そーばやうど~ん」と歌うのを、やかましいと文句を言ったり、そうこうするうちうどんができると、兄貴分は自分だけうどんを食べ、弟分が後ろから遠慮がちにつついても「待て待て」と言うだけ。


ようやく、「そんなにこのうどん食いたいか」と渡してくれたどんぶりにはわずかなうどんが残っているだけ。


勘定を払う時になると、「銭が細かいから数えながら渡す」と言って、「一、二、……七、八、今何時や」。


うどん屋が「九つです」と言うと十、十一、……十六。


歩きながら、1文足りなかったはずなのに、と不思議がる弟分だが、兄貴分からからくりを教えてもらうと大喜びで、「わいも明日やってみよう」。


翌日、早くやってみたくて明るいうちから町に出た弟分は、昨夜とは別の屋台を見つけた。


何もかも昨夜と同じにやりたくてたまらないので、うどん屋に、「うど~んエー、そーばやうど~ん」と歌え、と言っておきながら、うどん屋がそのとおりにすると、やかましい、と怒鳴って「そんなら歌わせなさんな」と文句を言われ、うどんを食べながら、「待て待て」とか「そんなにこのうどん食いたいか」と1 人言うので、「あんた、何か悪い霊でも付いてまんのか」とうどん屋に気味悪がられたり、最後には、「何や、これだけしか残っとらん」とつぶやいて「あんたが食べなはったんや」とあきれられる。


それでも、勘定を払う段になると大喜びで、一、二……七、八、今何時や、と聞いて、「四つです」。五、六、七、八、 ……というオチで終わる。


で結局いくらズルしたの?


結局、「時そば」も「時うどん」も一文ズルしたことになります。


一文っていくらかと言うと現代だと約20円です。


一文はこれですね。




「時そば」も「時うどん」も16文ですからお値段は 320円と言うところですかね。


20円のお金のために、あの手この手といろいろ考えるものです。


お腹が空いたのは良くわかりますがズルはいけませんね。