「あさが来た」NHK連続ドラマ。ある日、銀行に顔を出したあさは、そのやっかいな雰囲気の男 ( 閻魔紙の男 )に見つかってしまいます。あさと成澤泉、歴史上のモデルは成瀬仁蔵の出会いです。どんな話しになるのでしょうか?







史実によれば広岡浅子と成瀬仁蔵の初めての出会いはそんなにうまくいったふうではありません。


「第一回の会合においては、夫人は只黙々と(成瀬)先生の説を傾聴するだけで、むしろ賛意を表されなかったのである。」

(『日本女子大学校四拾年史』)


とされています。



広岡浅子は


「 私が女子教育についていささか考えを持っていることを知りまして、種々の人が尋ねて来まして、何学校を設立するとか、何女学校を計画したし、とか申しまして、私の賛成と尽力とを求めましたことは随分たびたびありました。


成瀬先生はある人の紹介で私の宅においでになりまして、学校を設立したし賛助せよと言われましたが、当時、私は依然として之を助ける意はございませんでした。」


(「余と本校との関係を述べて生徒諸子に告ぐ」『日本女子大学校学報』)



ほんとに、学校の設立にはお金がかかりますし、そんなに簡単に受けられないと言う広岡浅子の気持ち良く理解出来ます。



ところが、広岡浅子が成瀬仁蔵の著書「女子教育」を読んで感動してしまいます。








「女子教育」   成瀬仁蔵


★女子を「人」として教育する


今までの女性は器物のような扱いを受けていたが、まずは男子と同等の人格を認め、これを教育すべし。


★女子を「婦人」として教育する


日本には「良妻賢母」という言葉があるが、妻にも母にも、女性であればなるべきものである。良い妻、賢い母となるには、やはり教育が必要なのである。


★女子を「国民」として教育する


自らのための教育ではなく、社会に貢献する女性となるべきであり、それが日本の国力を増加させる根本である。その実践的な教育を受ける場が女子には必要である。



読んだ後に、広岡浅子は涙だが出てきて止まらなくなります。


広岡浅子の人生の中で、女性として差別されてきた気持ちが解放されたのでしょう。


成瀬仁蔵の著書によって進むべき道が開かれた瞬間です。



聖書の言葉

「誰か賢き女を見出すことを得ん、その価は真珠よりも貴し」



以後、広岡浅子は女性教育に自分の人生の全てを投げ出します。


明治の女傑、こうと思ったらとことん遣り抜く。爽快な生き方にただただ感動です。